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磯根ハマヒルガオの「グリーンネットふっつ」

「グリーンネットふっつ」のホームページへようこそ。

 「グリーンネットふっつ」は磯根岬のハマヒルガオの復元を主な活動としてやってきましたが最近は一歩進んで海岸植物の栽培と活用を手がけています。

 また、郷土の先駆者苅込碩哉の著述・講演などの足跡記録、収集が2千点を越えた地域の古写真復元などもやっています。

 さらに、郷土史の掘り起こしとして、ずさんな石組みにはわけがある弁天山古墳、古代人の住居ではない絹横穴古墳群、運慶作かも知れない道場寺の宝冠阿弥陀像、江戸時代初期には天守閣があった佐貫城、富津市全域に広がっている富士信仰を中心にした富津の石造物や、富津の最古寺の一つであり鎌倉新仏教(西大寺流真言律宗)をいち早く取り入れたように見える岩富寺、幻の上総安国寺、古式の神社建築を昭和時代まで引き継いできた鶴峯八幡宮などを紹介していきます。

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 今のハマヒルガオ写真、ハマヒルガオベストショットは、「磯根岬と周辺の海岸植物保全」のページに入っています。規約、事業計画、予算などはページ最下段のサイトナビから入っていけます。

        最終更新日 2017.06.07

以下の記事は一定期間の掲載後削除しますが、テーマ分類して各ページに収納します



  新着古写真

 裏面に「佐貫町壮丁徴兵検査記念大正7年」とありました。さて写真背後の景色が佐貫町とは思えません。装丁写真店住所が木更津であることから、木更津「見染めの松」公園あたりでしょう。
 徴兵検査が夏の木更津で行われていたということです。男子の人生通過儀礼として昨今の成人式よりはるかに重みがあり、おそらくこの撮影の後、木更津の色街に繰り出したことでしょう。

 空と海だけカラー化してみました。もともとモノトーンの景色ですから、女性のカスリと帯に色をつければカラーになってしまいますよ。
 新舞子。昭和30年頃です。わずかに見えるヘサキの形から船形は押し送りタイプですが、発動機とプロペラがついた動力船です。新造直後のようで新しい船にサザナミが涼やかです。よく見ると老若男女8人で押しています。

「千住第一小学校との交歓会」と裏書きにありました。昭和35年頃だと思われます。場所は新舞子八幡神社前。画面後ろのトラックからレッカー車のような斜めの棒が出ているように見えますが、松の木です。子供達の手荷物を佐貫町駅からトラックで運んで来たのでしょう。画面左に50歩行けばあった二見旅館で千住小学校は臨海学校を開いていました。生徒達は一週間くらいで交替していきました。
 画面左手前の建物は消防団詰め所です。鎧張りの建物で笹毛の消防団詰め所(現存)に似ています。
 交歓会では都会っ子と田舎っ子の対決でお互いの品定めをしています。田舎の子(佐貫小八幡分校)が案外と野暮ったくなくスマートで格好がよいですね。下駄履きですが。



  浜昼顔の生態(続編)

 3月28日、浜昼顔の生態を調べるために、海岸から数株持ってきて植木鉢に移植しました。砂も持ってきています。植木鉢という狭い場所ですから水は3日に1回くらい供給し続けますが肥料は一切やらないこととしました。

 5月20日撮影。花は5個くらい咲きましたが結局実にはなりませんでした。自家受粉出来ないのか、雄花雌花の種類があるのか、育ちが悪いのか、その辺は解釈が難しい。

 6月7日撮影。花が終わって枯れて行きました。想定では、このまま枯れて晩秋には砂上に何も残らなくなるはずです。
 これがそうなら、海岸で見られる「花が終わると葉が枯れるが、夏が本格的になるとまた葉が出て来る」という現象は、枯れた個体と葉が出た個体は別々のもの、という説が証明されることになります。

 5月20日撮影。別の鉢に今年芽生えたと思われる浜昼顔の株を移植しました。これが夏を過ぎて秋になり、やがて葉が枯れる頃、どれだけ根や茎が増えているか調べる予定です。また、越冬状況も調べる予定です。さらに寿命があるのかなども調べたいと思います。




  富津市の富士塚(6)番外編「世界遺産となった富津人の供養塔」

 今回は富津市を離れて静岡県富士宮市に飛びます。
 富士宮市には世界遺産「富士山」の構成資産として富士山本宮浅間大社や山宮浅間神社と村山浅間神社が指定されていますが、この他に人穴浅間神社の富士講遺跡があります。

 富士山本宮浅間大社

 山宮浅間神社遙拝所

 人穴浅間神社は、富士講の祖といわれる長谷川角行の修行の地であり、富士講徒にとっては聖地でもあります。このため同社の境内には角行や富士講中興の祖食行身禄の供養塔や信徒の登山記念碑などが多数建立され、現在約230基が残されています。

 人穴浅間神社の富士講遺跡

 人穴浅間神社角行供養塔

 このなかに山水講三代の供養塔があります。講祖穐行日穂、二代穐月常行、三代清山光行のもので、初代は木更津の住人、二代目は市原、三代目は佐貫の人です。山水講が江戸の講ではなく、木更津で興り勢力を拡大した講であることの一端は、指導者の出身地からも窺えます。
 三代目の供養塔には「上総国天羽郡佐貫領笹毛村 俗名角田佐左右衛門」と刻まれています。
 そこで、富津市笹毛の角田家の墓碑を捜してみると、角田佐左右衛門の墓には山水講の三世であり、行者名は清山光行で富士登山三十三度を達成し、万延元年(1860)7月9日に77歳で亡くなったことが記されています。しかし、こうした大先達としての事蹟も遠い昔のこととなり、今やほとんど知る人もいない状況です。

 人穴浅間神社の角田佐左右衛門供養塔(前列傾いているもの)

 富津市笹毛の角田佐左右衛門墓

 富津市笹毛は幕末に山水講三世を生んだ地ということで、周辺の山水講の痕跡を調べてみますと、同じ地区内の八坂神社に小型の富士塚(年代不明)があり、隣の鶴岡の古船浅間神社には文政年間に隣村迎原村の富士講徒が奉納した御手洗と富士講碑、さらに八幡の鶴峯八幡神社には山水講の富士塚(明治15年)が確認できます。
 また、佐貫や宝竜寺にも山水講の石造物が遺されており、こうしたことを踏まえるとこの辺り一帯は幕末から明治にかけて山水講の盛んな地域だったことがわかります。


  ハマヒルガオの生態を深く知る

 ハマヒルガオの保護を唱える以上、生態を詳しく知る必要があります。グリーンネットも今まで専門家のガイダンスなど断片的な知識を基にいろいろやったのですが、ハマヒルガオそのものに正面から相対して観察したことはかなり少なかった、そしてさらにデータ保存していなかった反省をこめて常にそこにあるハマヒルガオ群落をもう一度自分の眼で調べることにしました。

 1.芽生えの時期
 ハマヒルガオは種子をたくさんつけるが、発芽率が悪く、もっぱら茎が地中を這って伸びてエリアを広げるのだと唱える人がいます。
 確かにWEB情報などに「硬実休眠種子」の例としてハマヒルガオが登場し、これを硫酸処理して発芽率が向上したなどと書かれます。


 本当 にハマヒルガオは発芽しにくいのでしょうか。
実際確かに、ハマヒルガオをシャベルで掘って今年芽生えたであろう(太い茎につながっていない)ものを探し出すのは至難のことです。

 しかし、群落から離れてポツンと一つあるようなものを掘って見ると、20回掘って一つか二つ今年芽生えただろうものに当たります。写真の苗は新舞子海岸で発見、時期は5月19日。

 写真を見ると茎はすぐに二つに分かれ先端に葉をつけますが葉形は成熟した形でいわゆる子葉(双葉)ではありません。花をつけたハマヒルガオがそろそろ結実しかかるこの時期から見てこれが成長して今年のうちに花をつけるとは考えられません。
 従ってハマヒルガオの一年目は発芽して茎を出しひたすら養分を茎に蓄えそれを使って水分探査のために茎根を充実させる働きをするのでしょう。

 ハマヒルガオの群落を観察していますと、花が終わり実が成熟してくると葉が茶色くなりますが、そのうちまた緑に変わります。これは結実した個体と葉をつけた個体が違うと考えれば納得が行きます。遅く葉をつけた個体は今年芽生えたものと言うことです。

 花をつけずに今年芽生えた個体の葉は11月頃に枯れてしまいます。この個体が翌年まで生きていける保証はありません。最大の難関は乾燥でおそらく地中深く茎を伸ばして水脈を得られるか、さらに砂をかぶれるか、空中に露出してしまうかで運命が変わることでしょう。翌年に葉を伸ばせられる確率はおそらく3割程度だと思われます。



 2.花
 普通に云われているのは、ハマヒルガオは朝開いて夕方にしぼむ1日花ということですが、家に持ち帰って移植したものを観察すると、開花は確かに朝で、その最終段階は風にたよっているようでほぼ瞬間的に開花します。そして夕方にはしぼみません。翌日昼になってしぼむようです。受精を検知して花がしぼむのかも知れません。

 ハマヒルガオは蜜を大量に出すようです。写真の底の黄色い液体の水深(?)は5mmくらいあります。(後でわかりましたが、これは水が溜まったみたいです。訂正)

 実際に、海岸で蜂がハマヒルガオの蜜に溺れて出られなくなっている場面を目撃しました。


3.群落のあり方
 ハマヒルガオは畳一枚から4畳半くらいの面積にびっしりと絨毯のように群生するあり方と、いろいろな植物と共存しながらぽつんぽつんと株が広がって行くあり方があるようです。これは共存植物がない場合でも二つのあり方があるようです。

 これは、比較的小さな株がぽつんぽつんとあるタイプ

 こちらは、びっしり密集しているタイプ。お気づきでしょうが場所によって花の付き方が極端に別れています。このことはこの群落が数百株とか数千株が集まったものではなく一株か数株が大発展した群落ではないかと云うことです。多くの海浜植物を見ていますと密集群生した群落を丹念に解剖(?仕分け?)して見ると個体数が非常に少ない場合があります。

 このように大発展する条件は水脈に当たった場合などが考えられるのですがまだよく分かりません。

 浜辺の憩いタイム

 多くの人は浜辺の最も魅力的な瞬間を知りません。それは早朝だったり夕暮れ時だったり、満月の夜だったりだからです。


 初夏の新舞子の夕暮れを旅して見ました。

 逆光に輝くチガヤの綿毛。これは動画で風に同調してなびく方がさらに魅力的です。

 夕暮れが迫るにつれて黄色が鮮やかになるコマツヨイグサ。同じく黄色い大きな花で名前が似ているマツヨイグサが「ツキミソウ」といわれるゆえんです。

 浜辺は朝と夕方一瞬無風になります。海風と陸風が逆転するこの時に、ハマゴウの芳香が強くなります。

 浜辺に印された無数の足跡はまるで月のクレーター。太陽が低くなる夕方だけに人々が気付く景観です。

 ごくごくおなじみの人と犬と夕暮れと波。ブラッシングされてワンちゃん至福の時。流木さえもひとつのアートとなります。

 

 

  雑感

 ハマヒルガオやハマゴウなど這い性の海岸植物を引き続き観察中です。5月27日と6月2日の強風の時(20m/sec)磯根の風の方向と強さを測定しました。夏場は南西風の影響が大きく、磯根の砂丘の凹凸はだいたい南西に沿っています。南から60°から40°西向きの今回の風では磯根の突端の影響はなく。風の流れは渦巻くでもなく単調でした。風がもう少し南になると渦巻きが出るのではとか、風が50m/secなどになると一晩で地形が変わるかもとか海岸植物にとって死活問題の現象は徐々にと云うより瞬間で決まりその後の影響が長く残るものかも知れません。