TOMさんの映画にひとこと'91

このページは日ごろ僕が書きためた、レンタルビデオ鑑賞日記です。

いちおう星取り表になっていますが、そのときの気分で付けたもので、あまり信頼性はありません。

@@警告!!この先ネタばらしあり。まだ観ていない人は読まないで!!@@

の下の文章は、カーソルで選択し、背景色を反転させれば読めるようになっています。

ただし、警告しているようにネタバレが含まれますので、映画観賞後まではお読みにならないようお願いします。


1.天と地と/角川春樹;1990年劇場公開作品(’91.1.1)

 本来なら金を払ってレンタルするなどという事は考えられない映画なのだが、実家で弟が借りてきたのを暇つぶしのためにつきあいで観たのだ。

 案の定、角川の演出力のなさといったら目を覆うばかりのもので、伏線とか心理描写とかいう単語すら知らないのではないかと思いたくなる。

 合戦シーンはさすがにエキストラの数で見せるが、槍さばきなどの殺陣は貧弱だし、本当にTVCFの「あのシーン」を見せるためだけの映画なのだ。こんな駄作に大金を払わされ、大量のタダ券を押し付けられた協賛企業こそいい面の皮だ。ひとつにしなかったのは、時々挿入されるBGV風の自然描写を美しく撮ったカメラマンに敬意を表してである。・・・


2.ウォーバーズ2/ジョナサン・モストー;1991年アメリカテレビ作品(’91.1.26)

 2とはなっているが、登場人物も設定も前作とは全く無関係である。空中戦シーンには例によってイスラエル空軍のC−7とF−16が登場するが、画質から見て前作の使い回しではなく、どうやら新しく撮ったらしい。内容は前作よりはだいぶマシになっており、軍事知識のない人にはそこそこに楽しめるだろう。

 もちろん爆装した戦闘機に空中戦など出来るわけがないし、弾薬がTVゲームの戦闘機なみに使えるのも変だし、核爆弾があんなに簡単に騙しとれるはずがない等々、デタラメぶりはあいかわらずだが、娯楽作品とは所詮こんなものかも知れない。・・・


3.ジョニーは戦場へ行った/ドルトン・トランボ;1971年アメリカ映画(’91.1.27)

 初めて観たのは大学一年の頃で、あれからずいぶんたった今でも多くのシーンを覚えている。70年代を代表する名作の一本といえるだろう。モノクロとカラーの対比が美しく、構図のとり方もいちいち完璧で、ストーリィテリングも実に巧妙と、ケチつけようがない傑作中の傑作である。もう全く文句のつけようがない。・・・


4.ロボコップ2/アーヴィン・カーシュナー;1990年アメリカ映画(’91.1.28)

 一応それなりの娯楽作品にはなっていると思うが、一作目のような爽快感はなかった。暴力描写の不快感もさることながら、最大の欠陥はOCP社がデトロイト市を乗っ取る動機がよくわからないという点で、ロボコップ2号のデザインのマズさもあいまって、話がまるで盛り上がらずに終わってしまう。

 奇麗だがおバカな女精神分析医に、メチャクチャな指令をインプットされたロボコップが巻き起こす騒動が唯一笑えるシーンだが、これもほんの一場面で終わってしまい、わざわざ設定した意味があまりない。やはり失敗作だったんだろうな。・・・


5.トンチキ・バナナ航空/ジョン・D・ラモンド;1980年オーストラリア映画(’91.1.29)

 前から観たかった映画で、一応ポルノ映画なのだが、さほどドギツイ場面はなく、せいぜいヘアにモザイクがかかる程度。お目当てのDC−3は思ったほどふんだんには出てこず、撮影アングルも限られているため期待したほどディテールも判らないし、マーキングも下面などは一度も出てこなかった。

 映画としての完成度を云々する作品ではないとおもうが、それなりに笑えるシーンもあったし、ヒロインとおぼしきブロンドのスチュワーデスはなかなか可愛く、彼女のセックスシーンは出来ればモザイクなしで見たかったね。(もう一度よく見たらそんなシーンは一度もなかった。なんてこった!)・・・


6.ダイ・ハード2/レニー・ハーリン;1990年アメリカ映画(’91.2.21)

@@警告!!この先ネタばらしあり。まだ観ていない人は読まないで!!@@

 前作よりお金はかかっているようだが、ストーリィは現実味に欠け、あちこちに穴があってややシラケる。無改造のマシンガンに空砲は撃てないし、輸送機に射出座席を装備している例はない。また、バックルをはめてプルリングを引き、射出シークエンスが完了するまでの間待っていてくれる手榴弾もありえない。ラストで派手に引火し、悪玉の乗ったジャンボ機を爆破することになる旅客機用のジェット燃料は、実のところあんなに引火性が強くはない。などなど、突っ込みどころ満載の映画だ思っていたら同じ批判がテレパルに載っていた。結構ありがちな意見らしい。・・・


7.レッド・オクトーバーを追え/ジョン・マクティアナン;1990年アメリカ映画(’91.2.25)

 派手な海洋アクションとしては一応成功作だと思う。穴だらけのダイ・ハード2を観たあとだけに、マクティアナンにはあっちを演出してほしかったとも思うが、まあいろんな事情があったんだろう。

 しかし多少気になった部分があったのも確かだ。例えば異常なほどのアップの多用。まるでTV映画みたいだ。おかげで艦内の広さ(狭さ)の表現がイマイチになってしまった。SFXは潜水艦に関しては見事なものだが、魚雷の描写がSF映画的というか、リアリティがなく特撮臭くてブチコワシだ。

 それから、時間の流れの演出のマズさ、これは特に気になった。ラストで付け足しくさくソ連工作員とライアンのダイ・ハードごっこが展開される、マクティアナン流のアクション・シーンも噛み合っておらず、残念ながらダイ・ハードの完成度には及ぶべくもなかった。これではマクティアナンがダイ・ハード2を撮っても大差なかったかも知れないな。・・・


8.まぼろしの市街戦/フィリップ・ド・ブロカ;1967年フランス映画(’91.2.27)

 これで観るのは四度目になるが、今までのはいずれもTV放映で観たのでノーカット版を観るのは初めてである。

 TVで観たときジュヌビエーヴ・ビジョルド扮するコクリコが、「戦争に行かないのもひとつの勇気よ」などと、狂人とは思えぬマトモな台詞を吐いていたのがすごく気になったのだが、原語では言っておらず安心した。そんなことは映画を観れば判ることで、にもかかわらずこんな台詞をわざわざ狂人の口を借りて言わせるとは、随分視聴者をバカにした話である。

 それにしても、ディスクの解説にもある通り妙なタイトルである。市街戦というと、どうしても第二次大戦以降の現代戦を思い浮かべてしまい、作品のイメージとはまるで合わない。といって、原題通りの「ハートのキング」では映画のタイトルらしくないし...。まあ、作品の良さとは関係のない話だが。・・・


9.ドゥ・ザ・ライト・シング/スパイク・リー;1989年アメリカ映画(’91.3.1)

 もっと軽いタッチの作品か、或いはひとりよがりの芸術家肌の作品かと予想していたのだが、思いのほかマトモな映画になっていた。謳い文句ほどギャグはなく、むしろ人種差別、人種対立をテーマにした重い作品という印象。テーマをごくストレートに職人的に表現しており、極めて判りやすい。

 人間関係の丹念な描き込みはアメリカ映画というより、小津を代表とする古き良き日本映画に似ており、ひょっとするとリーも小津の信者なのかも知れない。ひとつ気になったのは、狂言回し役のリー本人の性格がイマイチつかめないことで、他のキャラクターがかなりハッキリした性格づけをされていたために一層気になった。・・・


10.いまを生きる/ピーター・ウェラー;1989年アメリカ映画(’91.3.2)

 「刑事ジョン・ブック」を撮ったウェラーらしい渋い映画である。「死せる詩人の会」メンバーを演じる少年たちが素晴しく、ロビン・ウィリアムスがいつもの怪演を控えめにしていることもあって、全体によくまとまった作品となった。

 映画はウィリアムス扮する教師が着任してから辞めていくまでを淡々と描いており、劇的な盛り上がりこそさほどないけれど、(ラストシーンはじーんとするけどね)深い感動を与えてくれる。学校も両親も演劇をやりたいというニールの希望に極度の無理解を示すが、この無理解がなければドラマは成立しないし、だからこそ舞台を50年代に求めたのだろう。

 しかし例によって気になるところもないではない。たとえばニールが自殺した後の描写が親のサイドにも学校のサイドにも不足気味だと思う。上映時間が長くなりすぎるからかもしれないが、それにしても、ね。・・・


11.イーグル/ニーニ・サレルノ;イタリアテレビ作品(’91.3.2)

 これもまた「トップガン」の成功に触発された一連のビデオ作品の一本で、設定や何かがフランス版トップガン「スカイナイツ」にとてもよく似ている。

 ただあちらが訓練過程を一話ですませ、あとは第一線で活躍する物語になっていたのにくらべ、こちらはほとんどまるまる訓練で終わってしまい、マッキ339はふんだんに見られるが、F−104やトーネードなどはほんの一瞬姿を見せるだけであった。続編も出るらしいから、そっちで活躍するのだろうか。そういう意味では期待できそうだ。・・・


12.さらば青春の光/フランク・ロダム;1979年イギリス映画(’91.3.4)

 主人公の属していたモッズはその後のパンクスそのもののように思える。英国病はあいかわらずでいい仕事もなく、なにか大きいことをやりたいエネルギーだけを持ってウロウロしている点などじつによく似ている。

 物語はイギリスの他の青春モノ(例えば「少女リンダ」とか「シド&ナンシー」とか)によく似た雰囲気で進行し、暗くドライで悲劇的なところなども同様である。

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 ところでラストシーンだが、解説では主人公が死んだことになっている。しかし崖っぷちからダイビングしたのはエースのスクーターだけであり、最後までジミー(の死体)は登場しない。解釈は観客に任せるというありがちなパターンなのかも知れないが、これはやっぱり死んでいないと見るべきではなかろうか。主人公の性格設定も自殺という手段で全てにケリをつけられる程強くはないように思えるし、奴はやっぱり基本的に甘ったれなんだよな。・・・


13.ラストエンペラー(完全版)/ベルナルド・ベルトルッチ;1987年イギリス・中国・イタリア合作映画(’91.3.5)

 のっけから中国人がみな英語でしゃべっているのが妙な感じである。ハリウッド製だからしかたないのかも知れないが、もう少しそれらしくならなかったものか。

 さすがに映像のスケール感はものすごく、最後の超大作といっていい。もっともあの時代を描いた作品にしては、戦闘シーンがほとんど登場せず、その辺が同じ時代を扱ったスピルバーグの「太陽の帝国」と受ける印象のズレをもたらしている。

 ところどころに意味不明のシーンが散見されるのも気になる(例えば国民党軍?兵士がルガーで頭を撃たれるシーンとか)3時間半を越える長尺になってしまったのは、現在と過去をカットバックで同時進行させるという構成が原因だろう。おかげで多少散漫な印象が残ってしまった。

 それに長さのわりに演技に密度というか、ディテール感がなく、とても名演技などとはいえないシロモノになり果てていたのも気になった。

 ジョン・ローン演ずる溥儀も、坂本龍一演ずる甘粕も存在感が希薄で、観客に感情移入を許さない。盛り上がったところで中断され、現在に戻される演出も一因ではあろうが、どうも全体にしっくり来ない映画であった。

 まあ、絢爛豪華な紫禁城の内部をゆっくり見られる一種のMTV的映画としてみれば、歴史絵巻として多少の存在価値はあるのかも知れない。・・・


14.市民ケーン/オーソン・ウェルズ;1941年アメリカ映画(’91.3.5)

 ウェルズらしい技巧を凝らした(凝らしすぎた)映画である。不思議な視覚効果をもたらすパンフォーカスや、当時としては画期的だったと思われる多重合成を駆使して作られたこの映画は、話の方も回想の多用で時間線を何度も上下し、序盤のうちにこの映画のシステムを理解できないと、まるっきり入り込めないだろうと思われるくらいに複雑だ。

 当時弱冠25歳だったウェルズがケーンの晩年(70歳で死んだことになっている)までを演じているのだが、その特殊メイクがなかなか秀逸で、最初のうちはウェルズに似た別の俳優が演じているのではないかと思ったほどだ。ラバーフォームやラテックスなどまだなかった時代に一体どうやってあんなリアルなメイクが出来たのだろう。

 いずれにしろよく出来た映画で、ケーンのキャラクターの出し方といい、他の人物像の過不足ない描写といい、まったく文句のつけようのない傑作なのだが、イマイチ好きになれないのは、やはり技巧が目立ちすぎたからだろうか。・・・


15.恋のゆくえ〜ファビュラス・ベイカー・ボーイズ/スティーブ・クローブス;1989年アメリカ映画(’91.3.6)

 何といってもミシェル・ハイファーである。演技力はアカデミー賞クラスで、しかもこの映画の歌はちゃんと自分で歌っているのだ。ブリッジス兄弟のピアノは残念ながら吹き替えであるが、とてもそうとは思えない程指さばきは巧みであり、不自然さはまったくない。

 それにしても例によってダサい邦題である。日本のショービズ界で一番センスのないのは洋画配給会社の連中であることは間違いあるまい。このタイトルだと、ブリッジス兄弟がファイファーを奪いあうみたいだが、これはブリッジス(弟)がファイファーとの出会いを通して自己を再発見するという、けっこうシリアスに人生を考える映画なのだ。

 しっかりした脚本、たしかな演技にささえられたこの映画は、小品ながらアメリカ映画の底力を示してくれる素敵な一本だと思う。・・・


16.アパッチ/デビッド・グリーン;1990年アメリカ映画(’91.3.7)

  駄作である。ニコラス・ケイジの間延びした顔はこの手のスカイ・アクションにはまったく不向きで、脚本の救い難いつまらなさとも重なって近来まれに見る駄作とあいなった。

 軍の顔色をうかがいながらの制作ではロクなものが出来ないことを「トップガン」に続いて証明してくれたようなものだ。・・・


17.薔薇の名前/ジャン・ジャック・アノー;1986年ドイツ・フランス・イタリア合作映画(’91.3.23)

 セットやコスチュームは重厚で雰囲気はよくでているが、映画としての出来は往年の角川映画「犬神家の一族」とどっこいだった。

 ショーン・コネリー扮するウィリアムは探偵という役割をよくこなしてはいるのだが、ほとんど14世紀のシャーロック・ホームズといった感じであまり修道士らしくない。事件の発生の仕方やその後のストーリィ展開もほとんど「犬神家〜」である。

 後半、異端審問官ギーが登場してからは話が急展開するのだが、少々急すぎて何故ギーがいきなり民衆に追われることになるのかよく判らない。この辺はやはり原作をちゃんと読まないと理解しづらいのかも知れない。・・・


18.シェルブールの雨傘/ジャック・ドゥミ;1964年フランス映画(’91.4.17)

 二つの点で非常に変わったミュージカル映画である。

 第一点は台詞のすべてが歌になっていることで、演技のテンポはすべて音楽の流れによって決められている。5分程度のMTVならまだしも、90分にも及ぶ本編をすべてプレスコでやってのけるのは、なみ大抵の作業ではなかった筈だ。

 もう一つはミュージカルでありながらダンスの要素がまったくないことで、演技はあくまで自然でありながら台詞(=歌)との違和感を感じさせない、実に不思議な世界を創っている。

 物語は陳腐といえは陳腐だが、作品のコンセプトとはよくマッチしており、けっこう感動させられてしまう。判っていてもあのラストシーンにはグッとくるものがあるのだ。欲を言えば音響設計にもっとお金をかけて、せめてステレオだったらよかったのに。・・・


19.狼の血族/ニール・ジョーダン;1984年イギリス映画(’91.4.19)

 ちょっと極端な映画になってしまったと思う。美術や主演のサラ・パターソンなどは実によかったのだが、重厚な美術に対して狼男の変身シーンはいかにも作り物的というかチャチで、怖いというより笑ってしまった。

 脚本の練りもイマイチで、ストーリィの複雑さは意図したものだろうから仕方なかろうが、 あのオチのような終わり方だけはゆるせん!部分的にはじつにいいムードを見せていた映画だけに、こんなエンディングはほとんど犯罪である。じつに困ったものだ。・・・


20.わんわん物語/ハミルトン・ラスケ他;1955年アメリカ映画(’91.4.19)

 いかにもディズニーという感じのハート・ウォーミング・アニメである。登場する犬たちの表情が実にゆたかで、人間以上に人間らしく、しかも一方で嬉しいことがあるとそれとなく尻尾をふっていたりして芸が細かい。

 ディズニーのクラシックとしては比較的新しい(といっても作られたのはゴジラの翌年だが)せいか発色が実によく、今まで出たディズニー・アニメのLDのなかでも画質はトップクラスだろう。

 しかし、これだけ素晴しい作品がなぜ期間限定発売なのだろう。だぶん契約金がバカ高いからなのだろうが、買おうと思ったらもうないという状況がLDに関しては多すぎるような気がする。・・・


21.アラビアのロレンス/デビッド・リーン;1962年アメリカ映画(’91.4.22)

 非常に有名な映画だがマトモに観たのは今回が初めてである。完璧版ということで、従来のものより20分ほど長く、かなりの量のサウンドトラックが新たに録音されなおしたらしいのだが、音質の調整が素晴しくよく、その差はまったく感じられなかった。

 画質も統一感があって「キングコング対ゴジラ」みたいなみじめな結果にはならず本当によかった。しかしデジタル・ニューマスター版にしてはいくぷん絵がネボケ気味なのがおしまれる。

 映画の内容はいうまでもない歴史的傑作だが、20分ふえたからといってダレるようなことも無く、あの退屈だったラスト・エンペラーとはえらい違いである。・・・


22.天井桟敷の人々/マルセル・カルネ;1945年フランス映画(’91.4.23)

 古今東西の映画の中のベストワンという前評判に過大な期待を抱いて観たせいかも知れないが、どうしてもそれほどの大傑作という気はしなかった。

 まず主役のギャランスを演じるアルレッティがいくらなんでも老けすぎだ。彼女は19世紀末の生まれだから、この映画が撮られた頃にはすでに40代半ばにさしかかっていた筈で、どう見たってオバサンである。

 それにひきかえバチステ役のジャン・ルイ・バローは素晴しかったが、彼のパントマイムもストーリィの重要な場面にからんでは来ず、期待したほど盛り上がらなかった。

 それから、映画の出来とは関係ないが、何故か字幕の文字がヘンに汚くて見づらい。まるでフィールド・メモリーの取り込み画面みたいだ。たぶんビデオ編集時のトラブルなのだろうが、こういういい加減な仕事をしてもらっては困る。・・・


23.再会の街〜ブライトライツ・ビッグシティ/ジェームス・ブリッジス;1988年アメリカ映画(’91.4.24)

 マイケル・J・フォックスは実に不器用な俳優だということがよく判る。なにげなくブラブラ歩くシーンなどマーティ・マクフライそのもので、もともと彼の地なのだろう。

 つまり役柄によって歩き方まで変えてしまうダスティン・ホフマンのような演技など望むべくもないのだ。

 しかしこの映画はまさにそのホフマン的な演技を要求するタイプの作品だったので、見事なまでのミスキャストとあいなってしまった。原作を未読なので断言はできないが、観た印象では原作の粗筋をサッとなぞっただけの映画というイメージが強い。・・・


24.デイズ・オブ・サンダー/トニー・スコット;1990年アメリカ映画(’91.4.25)

 筋だてはまるっきりトップガンのレース版で、これ以上単純には出来ないほど単純な話である。トム・クルーズはあいかわらずで、役をそれなりにこなしてはいるが深みはない。ストック・カー界のスターたちも登場してはいるらしいのだが、インディ・レーサーならまだしも、まったくなじみが無い人ばかりで面白くなかった。

 今回のヒロインは前回の教官に続いて女医と、またまた似たような設定である。演じるニコル・キッドマンはキャスリーン・ターナーを若くしたような感じで、少なくともケリー・マクギリスよりはクルーズには似合いそうだ。

 それにしてもレースシーンのリアリティのなさはどうしたことだろう。予選の場面がまったく出てこないのも妙だし、レースのかけひきが、まるでカープロレスまがいのぶつかりあい程度のものとしてしか描かれていないのも原因かも知れない。

 だいたいギアボックスが不調になってしまったら車はまずリタイアで、45秒でなおせるようなトラブルなど考えられない。しかもその直後、最後尾から全車をブチぬいてトップに立ってしまうのだから、リアリティを感じろというのが無理な話だろう。・・・


25.AKIRA/大友克洋;1988年劇場公開作品(’91.4.27)

 久しぶりに観た。とかくザツなつくりの多い日本のアニメには珍しく、動きも滑らかで実に手をかけて作ってある。話もさすがに原作者自ら監督をつとめているだけあって、イメージを大きく外すこともなく、まあ無難にまとまっている。

 アニメオタクの間では意外に評価が低いらしいが、これはおそらく彼らの好きな美少女が登場してこないからだろう。このことは大友漫画の唯一の弱点といえるかもしれないが、いずれにしろ、映像のパワーは凡百の日本製アニメを軽く超越しており、ほとんど手描きのSFXといっていい。

 実写だったら100億円以上もかかりそうな映像を、その数パーセントの投資で創り出せるのだから、アニメの可能性は凄い。惜しむらくはもっと長い話を無理やり終わらせてしまったために少々強引な展開が見られたので、ここはもう少しヒキの感じを強くして終わらせ、パート2に続けるくらいの度量がほしかったところだ。・・・


26.U・ボート/ウォルフガング・ペーターゼン;1981年ドイツ映画(’91.4.30) 

 息詰まる映画とはまさにこの作品をさす言葉だ。普通、映画の中で緊張感が長続きしすぎると必ずダレてくるものだが、この映画では巧みな演出のお陰もあって緊張感がエスカレートしながら持続し、水面下280メートルにいる乗り組み員たちと同じ気分を味わうことになる。

 潜水艦モノというと、閉鎖された環境のもとでの乗り組み員たちの葛藤がクローズアップされがちだが、この作品では敢えてそれをせず、わざとらしいドラマ作りだけが観客を感動させるものではないことを証明している。とにかく必見の名画だと思う。・・・


27.メンフィス・ベル/マイケル・ケイトン・ジョーンズ;1990年アメリカ映画(’91.4.30) 

 設定はUボートと似たところもあるが、こちらはグッと古風な、まるで50年代に作られた国策映画を思わせる作品である。10人の搭乗員たちの描写もUボートとは対照的にくどいくらいドラマチックであり、とても実話がもとになっているとは思えない。

 とにかくオーバーなくらい大時代な映画だが、考えてみると映画の流れは「フラッシュダンス」ヤ「トップガン」あたりから急速にUターンして単純化の方向へ向かっているから、この作品もまたその延長線上にあると言えなくもないかも知れない。・・・


28.暗黒神話/安濃高志;1990年オリジナルビデオ作品(’91.5.1)

 諸星大二郎の初期の大傑作をかなり忠実にアニメ化した作品。諸星の特異な絵をうまくアニメ的に処理しており、違和感はない。

 総じてアニメーションの質は高く、動きも低予算のOVAにしては滑らかで、うまく雰囲気を出している。しかし、どういうわけか車の絵だけは下手で、菊池彦の乗る車のホイルキャップなどとてもプロの仕事とは思えない。まあ、もともと諸星自身メカニック描写はまるで駄目なので、これはこれでいいのかも知れないが。

 全体的にかなり満足のいく出来ではあるが、しいていうならあまり原作に忠実であるために、映像ならではという工夫が少々足りなかったような気もする。勿論、下手に手を加えられて台なしにされるよりは遥かにマシであるが。・・・


29.ファントム強奪/出崎 統;1991年オリジナルビデオ作品(’91.5.3)

 あの超駄作ミリタリー小説「ファントム強奪」をご丁寧にほぼ忠実にアニメ化してしまった、いわば約束された失敗作。さすがにAH−1に乗るビンセントの席こそ前席に直されてはいるが、ほかにもムチャクチャな所は数限りなくあり、マトモに評価しようと思うことすらアホらしい、とにかくひどい作品だ。

 クライマックスのバルカン砲発射シーンにしても、あんな情けない発射音ではニワトリすら殺せないだろう。ファントムの絵も玄人とは思えぬ下手クソさだが、なんと専門のアニメーターがいたとは驚きだ。・・・


30.魔物ハンター妖子/山田勝久;1990年劇場公開作品(’91.5.3)

 ありがちのヒロイン・アクション。一応マルチメディア展開を狙った作品らしいのだが、脚本が救い難いほど下手なので、どうということのない少女版鬼太郎モノで終わってしまった。オチも完全に読めたぞ。・・・


31.第三の男/キャロル・リード;1949年イギリス映画(’91.5.3)

 映画史上歴代第一位の作品とされてもおかしくない傑作。少なくとも、フランスかぶれのエセ文化人どもにその雰囲気だけで一位におされた(とし思えない)「天井棧敷の人々」なんかとは、比較にならないほど良く出来た映画である。

 子供の頃TVで観ているのだが、子供には少々難解だったためか断片的にしか覚えておらず、今回がほとんど初見といっていい。とにかく徹底的に凝りまくった映像で、斜め構図の多用がややうるさい気もするが、雰囲気作りのためには仕方がなかったのかもしれない。

 ラスト近くの地下水道における追跡劇は、その映像といいテンポといい、まさに映画史に残る出来で、さすがにちゃんとここだけは覚えていた。しかし、よく考えてみると、なぜハリー・ライムはわざわざ飛行機代まで払ってアメリカから三文作家ホリーを呼びよせたりしたんだろう。結局彼によってハリーは破滅させられてしまうわけだし、その辺がもうひとつよく判らなかった。・・・


32.溝の中の月/ジャン・ジャック・ベネックス;1982年フランス映画(’91.5.6)

 映像派のベネックスらしく、非常に美しい映像の連続である。ヒロインを演じるナスターシャ・キンスキーも、これまで出演した映画の中でも最も美しく撮れている。

 しかし物語は難解で、二回観たのだがどうもよく判らなかった。この種の映画は何度となく観て、自分なりの解釈を組み立てていくのが正しい鑑賞の仕方なのだろうが、二回くらいでは手がかりがいくつか掴めた程度である。

 自殺した(?)ジェラールの妹と、ナスターシャ演じるロレッタが二役らしいのだがよく判らない。ラストまで通して観ると、犯人は実はジェラール本人のようにも思えるのだが、それにしては不自然なところもあるし、幻想と現実とが交錯する構成が災いして時間の流れをストレートに追うことが出来ない。もう何度か観れば、もう少し全体を解明できるヒントを得られるかも知れないが。・・・


33.パロディ放送局UHF/ジェイ・レビイ;1989年アメリカ映画(’91.5.27)

 アル・ヤンコビック主演のコメディ映画なのだが、思いのほかトラディショナルなコメディ映画に仕上がっていて、いささか肩すかしを食わされた感じだ。

 「コナン・ザ・ライブラリアン」や「ガンジー2」などアイディアは面白いのだが、予告編だけで済まされては拍子ぬけと言うものだ。ヤンコビック扮するジョージは夢想癖はあるものの、比較的マトモな人物として描かれてしまっていて、スパトゥスキー役のマイケル・リチャーズに食われてあまり元気がない。・・・



 

34.青い麦/クロード・オータン・ララ;1953年フランス映画(’91.5.27)

 その昔読んだコレットの小説を映画化した作品で、原作ではかなり豊かだった色彩感覚(たとえば主人公ヴァンカの金色の髪と青い瞳との対比とか)がモノクロ映像のためにスポイルされてしまっているのが残念だが、映画そのものの内容は比較的原作に忠実だったように思う。

 しかし、夭折してしまったニコル・ベルジュはヴァンカ役には少々可愛らしすぎたようだ。小説のイメージではもう少し小生意気な、女優でいえばミレイユ・ダルクのような感じだったのだが。

 それにしてもこのテーマは神代の昔からのもので、コレットの原作はもともとロンゴスの「ダフニスとクロエ」を下敷きにしたものだというし、考えてみればかの名作「卒業」にしても、オバサンが少年をオトコにするという点では同根といっていいだろう。・・・


35.フランスの友だち/ジャン・ルー・ユベール;1989年フランス・ドイツ合作映画(’91.6.1)

 ユベールについては僕はほとんど信者といってもいいほどなので、ケチなどつける訳もない。主演、監督とも前作「フランスの思い出」と同じなので息の合いかたもぴったり、特に長男役のアントワーヌ・ユベールは前作に比べて著しく成長していて、なかなかの好演を見せてくれる。

 映画のほとんど全編を彼は女装で通すのだが、もともとかなりの美少年なのでそれほど不自然ではなかった。カツラでもつけていたら本当に少女に見えただろう。物語はユベールらしく優しさに満ちたお話でありながら、しっかり押さえるべきところは押さえていて、数ある反戦映画の中でもピカ一の名作と断言できる。これを観て感動できん奴はもう人間じゃねえ!・・・


36.ロザリンとライオン/ジャン・ジャック・ベネックス;1989年フランス映画(’91.6.1)

 とにかくロザリン役のイザベル・パスコの度胸は見上げたものである。ほとんど代役もなしでライオン相手に体当りの熱演をするのだからスゴイ!

 物語は、主人公ロザリンとその恋人が動物園の調教師から始まって、ヨーロッパ一のサーカス団の団員としてショウを披露するまでを描くわけだが、恋人役の男がダメ学生からイキナリ一人前の調教師になってしまったりして、ちょっと不自然なところもあるにはある。

 たぶん彼の努力を淡々と綴るより、一人前になった後のライオン相手の活躍を少しでも多く描きたいという映像派ベネックスの計算があったのだろう。ラストのショーの場面はまさにベネックスらしいド派手な演出で、観応えたっぷり、見事の一言であった。・・・


37.トータル・リコール/ポール・バーホーベン;1990年アメリカ映画 (’91.6.21)

 ディックの原作をもとに映画化された作品としては、「ブレード・ランナー」に続いて二作目だが、シュワルツネッガーを主演に持ってきたためか全く違ったタイプの映画となった。

 最初のうちはあれほど重大な秘密を握った人間を、敵は何故殺さずにほっておくのかという疑問がつきまとったが、終盤にいたってようやくタネあかしされ、一応は納得した。しかし同じ疑問は当然反乱軍サイドも感じていたはずであり、その辺の処理はイマイチ説得力がない。

 タクシー運転手のミュータントの扱いにもそれはいえる。僕は彼の手がエイリアンの空気再生装置を始動する鍵ではないかと思ったのだが、話は遥かに単純であった。地球人のクェイドの手でも始動してしまうなら、スイッチにわざわざ手形を使う意味などないと思うのだが。甘すぎるラストも少々気になった。・・・


38.ネバークライ・ウルフ/キャロル・バラード;1983年アメリカ映画 (’91.7.29) 

 動物映画のパイオニア、ディズニーの作品らしく、じつによく出来た映画であった。特に主人公タイラーを演じたチャールズ・マーチン・スミスの熱演は賞賛に値する。

 オオカミたちの演技もまた素晴しく、野性のオオカミの生態をらしく見せてくれる。オオカミの足の間から主人公タイラーを撮ったショットなどがなければドキュメンタリーと見まごうほどの出来だ。

 ドラマの後半で人間たちの進出によりオオカミたちは狩られ、滅びて行く。一見自然保護を主張する映画のようにも見えるが、エンディングでエスキモーの長老と旅を続ける主人公の姿は、より深いものを感じさせ、この作品が一筋縄では行かない映画であることを暗示しているようでもある。・・・


39.美女と野獣/ジャン・コクトー;1946年フランス映画 (’91.7.30)

 小学生の頃テレビ名画座で観たことがあって、アルテミス(?)のブロンズ像がジャン・マレー演ずるアブナンを射るシーンはかすかに覚えていたが、ほとんど初見に等しかった。

 さすが芸術家ジャン・コクトーが撮っただけのことはある凝りようで、この作品もまた、カラーでないのが惜しまれるたぐいの映画である。当時すでにカラーフィルムはあったのだろうが、合成の多い作品なので二の足を踏んだのかも知れない。

 しかし野獣にされた王子は一体何を悩んでいたのだろうか。自らの醜い姿か、他の動物を殺して生肉をむさぼり食わぬ限り生きられぬ定めをか、もう少し説明があってもよかったのではないか。・・・


40.ガリバーの宇宙旅行/黒田冒郎;1965年劇場公開作品(’91.7.30) 

 ラストの王女の殻が破れて美しい少女が現われるシーンは強烈な印象で、今でもはっきり憶えているのだが、(公開時すでに中学生になっていた)あれが今を時めく宮崎 駿の手になるものだとは全然知らなかった。

 物語は正直いって少々かったるく、東映動画の一連の作品のなかでは地味な印象を受けるのだが、あのラストシーンひとつで僕のなかでは名作の一本となっていたのである。やはり宮崎という人はたいしたものである。・・・


41.アラビアン・ナイト シンドバットの冒険/薮下泰司・黒田冒郎;1962年劇場公開作品 (’91.7.31) 

 全体的に総花主義的というか、平板な印象が残ってしまうのは演出のせいというより、脚本の段階であまりに子供向けを意識しすぎたせいかも知れない。

 東映動画きっての美女サミール姫の役どころが本当にただのお姫様で終わってしまっているのもそのせいだろう。作画が非常に丁寧なだけに惜しまれるところだ。・・・


42.恐竜グワンジ/ジェームス・オコノリー;1969年アメリカ映画(’91.8.10)

 設定がまるっきりキングコングの焼き直しなのが残念だが、恐竜の動き、特にグワンジが人間たちにからむシーンの出来は素晴しい。何故かグワンジが単独でアップになると急に動きがぎこちなく見えるのは、ダイナメーションの限界なのだろう。

 ところで、グワンジも悪くはないが、どうして「恐竜100万年」のソフトは未だに出ないのだろう。来年「ジュラシック・パーク」が公開されればきっとまた恐竜ブームが再来するだろうから、その時までには出してほしいものだ。・・・


43.BEST GUY/村川 透;1990年劇場公開作品(’91.8.10)

 志の低い映画である。「トップガン」のヒットにあやかって作られたことは判るけれど、少しもオリジナリティを出そうという意欲が感じられないのだ。最初から「トップガン」の二番煎じしか狙っていないのが判ってしまうのはやはり情けない。これは脚本家のせいというよりはプロデューサー、そしてはっきり言ってしまえば、この程度の映画でリクルート効果を期待してしまう自衛隊の体質そのものの問題であろう。

 それから、ありがちな話のわりには変に専門用語が多いのも困ったもので、エリミネートとかベイルアウトとか、一般の観客には判らないのではないだろうか。空撮はそれなりによく撮れていて、オリジナルが16ミリだということを気付かせない出来になっているが、わざわざハイビジョンで合成したCGによるスホーイ27の出来は最悪で、空中での飛行機の動きをまったく理解していない人間が作ったとしかおもえない。・・・


44.ゴースト〜ニューヨークの幻/ジェリー・ザッカー;1990年アメリカ映画(’91.8.11)

 他愛のない話といえばそれまでだが、それなりにひっぱって最後まで見せてしまうのは、やはりアメリカのショービジネスの底力か。死んでしまった主人公が恋人を守ろうとするシチュエーションはまんま「オールウェイズ」と同じであり、今のアメリカにはこの手のオカルト・ロマンが受ける下地があるのだろう。

 しかし何週間にもわたってチャートのトップを独走するほどの大傑作とは思えないのだが。・・・


45.ディック・トレイシー/ウォーレン・ベイティ;1990年アメリカ映画(’91.8.22)

@@警告!!この先ネタばらしあり。まだ観ていない人は読まないで!!@@

 脚本が陳腐なうえにキャラクター描写が不足気味なため、マドンナ扮するブレスレスが暗黒街を牛耳る野心を持っていたことなど、ラストになるまで判らなかった。顔のない男がブレスレスだということはすぐ判るのだが。しかし香水や何かの匂いで女だとバレないのだろうか。

 色彩設計はさすがに凄く、アメコミ調の奇抜な色合いをうまく出してはいたが、それだけの作品という感が強い。・・・


46.ニキータ/リュック・ベッソン;1990年フランス映画(’91.8.23)

 同じ題材をあつかってもアメリカ映画だったら全然別の展開をしていただろう。しかしさすがにフランス映画だけのことはあって「何か」を感じさせる深みのある作品に仕上がっている。

@@警告!!この先ネタばらしあり。まだ観ていない人は読まないで!!@@

 アクション映画として見れば、ニキータが最後の任務に失敗して逃亡する結末がやや弱く、少々唐突にも思えるが、こういう終り方は前作「グレート・ブルー」も同じだったから、ベッソンのスタイルなのかも知れない。それより政府直属の殺し屋という設定に誰も不自然さを感じないのだろうか。もしそうだとしたら、それはそれですでに一個のスリラーだ。・・・


47.プリティ・ウーマン/ゲイリー・マーシャル;1990年アメリカ映画(’91.8.24)

 90年代の「マイ・フェア・レディ」というところなのだろうが、昔の映画とは違ってジュリア・ロバーツ扮するヴィヴィアンは自立した女性としてのプライドを絶やさず持ち続け、物語の主導権を最後まで握っていた。

 さるマヌケな女権主義者は、娼婦が富豪をモノにするという構図は昔ながらの男尊女卑思想そのままだと批判していたが、むしろM&Aをなりあいとする虚業家の主人公を溢れる愛情をもって救済する物語と見る方が自然であろう。

 それにしても経済評論家などはよく「アメリカではM&Aは正当な経済行動として評価されている」などと言っていたが、この映画を見る限りあまりいいことだとは思われていないらしい。・・・


48.イントルーダー怒りの翼/ジョン・ミリアス;1990年アメリカ映画(’91.8.31)

 概ねスティーブン・クーンツの原作通りのストーリィになっているが、原作の全体を覆うベトナムもの特有の絶望感があまり感じられないのは、やはりハリウッド一番の右寄りミリアスの作品だからだろうか。

 ロザンナ・アークエット扮するキャリーの描写もほんの付け足し程度で、原作のきめ細かさはない。スカイレーダーの発艦シーンを撮影できなかったためか、原作のラストで重要な役割を演じるフランク・アレンが登場せず、かわりにダニー・グローバー演じるカンパレリが不時着し、それを掩護にいったジェイクとコールのイントルーダーが撃墜され、アレンの役割をコールが演じることになるのだが、これは少々原作をいじりすぎたと思う。

 もっとも原作ではコールは脱出の際背骨を折って、最後までたいした出番もなかったから、わざわざウィレム・デフォーをキャスティングしたからには手直しが必要になったのだろう。ともあれ、飛行シーンはなかなかよく、SFXも少々わざとらしさはあるが、かの「ベストガイ」よりは断然マシであった。・・・


49.モ’ベター・ブルース/スパイク・リー;1990年アメリカ映画(’91.10.18)

 渋いミュージシャンもので、前作ほどの派手さがなかったのがさほどウケなかった原因かもしれない。しかしキャラクター描写の繊細さや、時々見られる古風な実験的映像はいかにもリーらしい。

 今回のリーの役どころはギャンブル狂のマネージャーだが、ギャンブルに熱中している場面はほとんどなく、これは他の作品との類型化をさけるための工夫かも知れない。動きや何かがちょっとウディ・アレン風なのが気にかかるが、これも彼の持ち味ととりたい。

 主演のデンゼル・ワシントンは少々美男子すぎるが、演奏シーンはなかなかカッコよく決まっている。ラストはかなり意外な展開で、これも好みがわかれるところだろうが、こういうハッピー・エンドもたまにはいいと思う。・・・


50.地獄の黙示録/フランシス・フォード・コッポラ;1979年アメリカ映画(’91.11.13)

 とにかく凄い迫力である。この作品からほぼ10年後、「プラトーン」を始めとする一連のベトナムものが作られたが、いろんな意味で「地獄の黙示録」を越えたものはなかった。ベトナム戦争を東西イデオロギーの対決としてとらえるのではなく、あくまで欧米とアジアとの相互理解の不可能性を戦争という形を借りて描いた作品だと思う。

 両者の狭間で発狂してゆくカーツ大佐と、彼への刺客であるウィラード(彼もまた静かに発狂しつつある)との関係はそのまま異文化への関わり方の二つのタイプを表現しているのであろう。

 いや、むしろそういう関係はカーツ大佐とサーフィン狂のキルゴア中佐の方があてはまるかも知れない。キルゴアはけしてベトナムを理解しようとはしない。彼等はキルゴアにとって単なる「勇敢な野蛮人」に過ぎず、彼にとって重要なのはサーフィンに適した波だけなのだ。

 映画はウィラードがカーツを殺して終わるが、問いかけは結局問いかけのまま終わっている。というよりこの作品は、現在のわれわれが答えようのない問題を、膨大な金と時間をかけて提起した作品なのかも知れない。・・・


51.ピーター・パン/クライド・ジェロミニ他;1953年アメリカ映画(’91.11.21)

 これで観るのは何度めだろう。何度観てもなごめる楽しい作品だ。以前観たバンダイ版より気のせいか色彩がよく出ているように思える。特にネバーランドの夕景がとても美しい。ひょっとしたら今流行のネガテレシネをやっているのかも。・・・


52.マルキ・ド・サドのジュスティーヌ/ジェス・フランコ;1969年イタリア・西ドイツ合作映画(’91.11.22)

 この程度の内容でも当時(60年代)は十分刺激的だったのかも知れないが、今観ると全然どうということもない。成人指定をうけなかったのも頷ける。

 ジュスティーヌ役のロミナ・パワーはなかなかの美少女で脱ぎっぷりもいいのだが、16歳という年齢が災いしてか、ハードなシーンは皆無でとても原作に忠実とは言い難い。スケベさに於いても芸術性に於いても中途半端な映画である。

 特にエンディングは原作の意図を全く無視しており、草葉の陰でサドも泣いていることだろう。・・・


53.マッコーネル物語/ゴードン・ダグラス;1955年アメリカ映画(’91.11.23)

 ありがちな国策映画で、巻頭に本物の空軍士官が登場して「われわれの平和な生活はこのような人々の不断の努力によって・・・」とか言うのには閉口した。

 この手の映画にはつきもののジューン・アリスンがまたもや主人公役アラン・ラッドの夫人役で登場するのだが、ふたりのそもそものなれそめから始まるため、結婚までのプロセスに時間を食い、ナビゲーターからパイロットに転身するまでがまた長く、ジェット・パイロットとして活躍を始めるのは映画も後半に入ってからだ。

 T−33やF−86の飛行シーンはなかなか素晴しいのだが、いかんせん短い。この倍くらいはあってもよかったと思う。・・・


54.ファンタジア;1940年アメリカ映画(’91.11.24)

 ディズニー初期の歴史的名作。クラシック音楽のMTVというアイデアは最近になってリプチンスキーが「オーケストラ」でやっている。考えてみると「オーケストラ」はリプチンスキー流の「ファンタジア」だったのかも知れない。

 かなりのお金をかけてレストレーションしたらしいが、確かにフィルムの傷などは少なくて見やすくなったものの、発色は後の「ピーター・パン」や「わんわん物語」に比べると幾分落ちる。粒子もやや荒くまるで16ミリフィルムのようだ。同時期の「バッタ君街へ行く」の方がもう少し画質は良かったような気がする。

 さて、内容だが、クラシック音楽にわざわざ映像をくっつけてイメージを固定化するのはどうかという意見もあるが、「トッカータとフーガニ短調」を除けば後はほとんどバレエ音楽か標題音楽なので、特に問題があるとは思えない。まあミッキーマウスの「魔法使いの弟子」などハマリ過ぎて、これを観たあと他の演奏家によるCDを聴いても、いやおうなく「ファンタジア」の情景を思い浮かべてしまうという難点はあるが。・・・


55.ケルベロス 地獄の番犬/押井 守;1991年度劇場公開作品(’91.11.25)

 つまらない!予算の少なさがモロに見えてしまう出来である。ダラダラと台湾の田舎の風景描写が続き、主人公の心象風景らしきモノのタレ流しだけで一時間近くをつぶしてしまう。上映時間わずか96分の作品でコレはないだろう。

 確かにこれだけくどくテーマをつきつけられれば言わんとしている事は判るが、テーマだけ判らせたいのなら上映時間の間じゅうテーマを書いたボードでも映しておけばいいのだ。

 人々が映画館に足を向ける理由は派手なアクションを見たいからであり、面白いストーリィを見たいからであり、キャラクターの持つ熱気に共感したいからだ。この映画にあるのは作者にしか判らない甘っちょろい感傷と、ほんのちょっぴりのチャチなアクションだけだ。

 8ミリの自主映画ならいざ知らず、日本のアニメ界で宮崎 駿を継ぐ才能と目される押井の作品としては、もう情けない限りのシロモノである。やはりモチはモチ屋、押井の居るべき場所はアニメ界なのだろう。

 それにしてもアメリカのアクション映画と比べて何とその落差の激しいことか。これはもう単に予算の問題だけではあるまい。低予算でもそれを感じさせない作品は沢山あるし、逆に莫大な金をかけても「クライシス2050」みたいな駄作だってあるわけだし。はっきり言っちまおう。「ケルベロス」は今年僕が観たなかで文句なしに最低の映画だ。・・・


56.白い炎の女/マイケル・レッドフォード;1987年イギリス映画(’91.12.18)

 タイトルが似ている「白いドレスの女」の連想から、悪女が金持ちの老人を喰いものにしてのしあがるピカレスク・ストーリィを想像したのだが、実際には老人の財産に目が眩んだ哀れな女の物語であった。

 グレタ・スカッキという女優は不思議な品のある人で、上品なあばずれ女(矛盾する表現だが)を演じさせるとじつにハマる。しかし、僕が子供の頃には娘役で「素晴しきヒコーキ野郎」などに出ていたサラ・マイルズが婆さん役で出ていたのはショックだった。それほど年齢がいっているとは思えないから、メイクで老けていたのかもしれないが、本当のところは判らない。

 それにしてもジョスを殺した真犯人は一体誰だったのだろう。最後まで観るとやっぱり亭主らしいのだが、夜盲症で足が悪い上に、使用人に顔を合わせずどうやって殺しに出かけられたのか謎だ。ラストで結局ギルバートと結婚するのはやはり金に目がくらんだからか?・・・


57.風とライオン/ジョン・ミリアス;1975年アメリカ映画(’91.12.19)

 ミリアスの映画としてはもっともマトモで、個人的にも好きな作品である。ボンド役を降りたショーン・コネリーは本作で名実ともにボンドの亡霊と決別したといっていいだろう。毅然とした子持ちの未亡人ペデカリス夫人を演じたキャンディス・バーゲンも実によく、有名な割にはたいした出演作のない(記憶にあるのは「パリのめぐり逢い」と「・・・You・・・」、それに「ガンジー」くらい)彼女の代表作であろう。

 内容はやはりミリアスらしい男性映画で、コネリー演じるライズリとペデカリス夫人との関係も愛情関係というよりは同志的な友情に見えてしまう。テーマがテーマだけに右翼チック=愛国主義的な要素は少なく、アメリカ海兵隊などかなりマヌケに描かれており面白い。

 もっともラスト近くで突然ペデカリス夫人に味方してライズリを助けてしまうあたりが愛国主義者ミリアスの限界か?全体的な構成もよく、「風」たるルーズベルトの描き方もうまく良くできた作品だと思うが、ひとつ欲をいうなら所々にある子供の視点をもう少し広げて、ナレーターとして使ったら良かったような気もする。・・・


58.ダンス・ウイズ・ウルヴス/ケビン・コスナー;1990年アメリカ映画(’91.12.20)

 とにかく美しい映画である。3時間を超えるながい映画であるが、長さを感じさせない魅力は確かにあった。さすがにアカデミー賞をとっただけのことはある。

 物語は 異文化との遭遇がテーマで、そのスケールの大きさといい主人公のありようといい「アラビアのロレンス」を思わせる。もっとも予算の関係からか史実がそうだったからかは判らないが、戦闘シーンにおけるエキストラの数はそれほどたいしたことはない。その代わりに目を見張らせられるのがバッファロー狩りのシーンで、この場面を見るだけでも本作を観る価値はあろう。

 それにしてもこういう映画がアカデミー賞をとってしまうとは、アメリカも変わってしまったものである。これを日本にたとえれば南京大虐殺を日本人監督が中国側から描くようなもので、本当にすごいことだと思う。われわれ日本人は単純にスー族の側に立って観てしまうが、アメリカ人にして見れば襲われている騎兵隊のほうが自分たちの同胞なわけで、かなり複雑な気分になるのではないか。

 ところで今気付いたのだが、この映画、ストーリィといいテーマといい、「アラビアのロレンス」より「エメラルド・フォレスト」により似ていると思う。自然と調和して生きる原住民とそれを狩立てる新興の入植者たちという構図も一緒だし、原住民の戦闘的な部分が敵に利用される点も似ている。なにより主人公の立場が白人でありながら原住民とともに生きるところも共通している。あるいは元ネタか?・・・


59.太陽の王子ホルスの大冒険/高畑 勳;1968年劇場公開作品(’91.12.28)

 それなりに歴史的価値のある作品だとは思うが、個人的にはベストワンと言えるほどのものでもないと思う。アニメ好きの友人には再三言ってきたことだが、狼やネズミの群れが村を襲う場面でいきなり止めの絵になってしまうのは、演出効果を考えてというより予算の不足が原因にしか見えない。ストーリィやテーマがいくら良くてもこれではアニメとしての面白さは半減してしまう。・・・


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