このところ調子を落としていたデ・パルマだが、これは久々の快作と言っていい作品になつていると思う。ケビン・コスナーもショーン・コネリーもカッコいいが、イタリア系の切れる部下を演じていたアンディ・ガルシアが一番!
しかし、コスナー演じるエリオット・ネスが殺し屋を裁判所の屋上から投げ落とすのはいただけない。「プラトーン」でチャーリー・シーンがトム・ベレンジャーをあっさり射殺してしまったのと同じくらいマズい演出だと思う。・・・
トム・ハンクスとダン・アイクロイドというコメディアン同士の組み合わせにしては、期待したほど盛り上がらなかった。元になっているTVシリーズが実話を基にしたシリアス・ドラマだっただけに、こういうコメディの土台には向かなかったのかも知れない。無論、アイクロイドが出ているのだから、水準には達していると思うけど・・・
南米風の味付けをしたモンティ・パイソン流ブラック・コメディを期待していたらものの見事に裏切られた。ブラック・コメディと言えないことはないが、恐ろしく底の深いドラマに仕上がっている。ブラジルは主人公が口ずさんでいた曲の名で、実在の国とは関係なく、舞台はどうやら近未来のイギリスらしい。
この映画に関しては、いろいろと語りたいことがあるのだが、ここでは止めておく。一言でいえば、とにかく必見の名作ということだ。・・・
コンピューターで理想の女性を合成するというアイデアはかつて僕も使った事があるが、これは遥かに脳天気な、おバカな映画である。ここに登場する合成美女は、猛烈にセクシーではあるが、妙にお姉さん的で分別くさい。コンピューターらしく合理的なキャラクターにしたのだろうが、話を拡散させる方向へではなく、収束させる方向へ持って行ってしまうのは少々物足りないような気もする。まあこの辺がジョン・ヒューズの限界なのかも知れない。
余談だが、終盤に登場する中年暴走族のオッサンは、ツイステッド・シスターズのMTVに主人公をいじめる校長先生役で出演していた俳優だと思う。だから、帰りぎわにいう「学校にはだまっててくれよ」という台詞はちょっとした楽屋オチではないかと思うがどうだろう。・・・
いうまでもなくスター・ウォーズのパロディだが、イマイチの出来で、爆笑モンとまではいかない。ギャグの切れ味は大甘だし、テンポも悪いし、ブルックス本人がオーバーな演技で無理に笑いをとろうとしているのがミエミエで、何だか悲しくなってしまうくらいだ。・・・
優しい宇宙人という設定はもう珍しくも何ともなく、こうも繰り返されるとエイリアンみたいな極悪非道タイプが懐かしい。高層ビルの谷間に主人公たちのアパートがポツンと残るエンディングにもちょっと納得がいかない。あれでは日当りなんかどうなってしまうのだろう。・・・
スピルバーグらしく判りやすいのはいいのだが、例によっていささか演出がくどい。ゼロ戦のパイロットが主人公の少年に敬礼する場面はまだしも、日本刀を使って果物の皮をむいていた少年兵が射殺されてしまう場面など明らかにやりすぎだ。
もう少し抑えた演出ができるようになればいいのだが。・・・
ストーリーは淡々としすぎていて、これでは劇場では当たらない筈だ。しかし映像と音楽は抜群で、カルト・ムービーとなる資格は十分だろう。ノートリミング版で見たかった。・・・
トム・クルーズのかつての奥さんミミ・ロジャースが見られる、という事くらいしか存在意義のない映画。リドリー・スコットの演出は平板で盛り上がらないし、映画の前半と後半で、時間的にかなり隔たった設定であるにもかかわらず、駅のホームに立つトム・ベレンジャーが全く同じ新聞を手にしているという、信じられないミスを犯している。
わざとやったのか、そんな小道具などに気を配っていられない程いい加減な仕事だったのかはわからないが、映画の出来を見る限りは後者のような気がする。・・・
デビット・リンチらしく気味の悪い映画。この人の映画は「エレファント・マン」にしろ「砂の惑星」にしろ気味は悪いのだが、不気味さはここで極まった観すらある。事件がすべて片付いて、日常生活にもどった後の描写は特に、異常なまでに不気味である。さして変なモノは写っていないようなのだが、一体どうしてなのだろう。・・・
赤の広場のシーンは本物の赤の広場で撮影したのだそうだ。その甲斐あって、導入部としては申し分のないリアリティを得ている。残念ながらアメリカに舞台を移してからは、そのリアリティもかなりしぼんでしまうが(たとえば、終盤シュワルツネッガー扮するダンコが犯人と話す場面では、お互いロシア人なのにどうしてロシア語で話さないのか不思議である)アクション映画としては第一級の作品となっている。・・・
たしかに特撮はキレイにあがっていたし、お話しもまとまってはいたけれど、何故かいまいちおもしろさに欠けていた。ロン・ハワードの作品ということで、ちょっと期待しすぎたのかな。・・・
もう、ムチャクチャに感動した。糸井重里ではないが、ほんとに無料で宣伝マンを買って出て、街行く人ひとりひとりに面白いから観なさいと言いたくなる程感動したのだ。ドラマ運びのうまさ、キャラクターの良さ、映像の美しさ、まったくどの点をとっても完璧といっていい。
欲をいえば、音声がドルビーサラウンドではなかった事がやや不満なくらいで、文句なしに本年度のマイ・ベストワンである。それにしても、どうしてLDが出ないのだ。・・・
MTVの雄、スティーブ・バロンの劇場第一作で、ありきたりのラブコメでありながら結構凝ったこともやっている。ヒロインは「砂の惑星」にも出ていたバージニア・マドセンだが、何故かクレジットがでるまで全然気付かなかった。
監督の出身が出身だけあって、MTV風に決めた音楽シーンは、なかなかの切れ味を見せてくれる。肝心のドラマも手堅い演出で、テンポも良く、観客を飽きさせないのは流石だ。
あれから約15年後、ディスクの状態の確認もかねて久しぶりに観賞したのだが、ディスク自体には何の問題もなかった。保存状態さえよければ、水分に弱いと言われるアクリル製のLDでもけっこう長期間保存は可能のようだ。
さて、映画は本格的なパソコン文化が花開く寸前の84年に作られており、アップルコンピューターは存在するもののマックはまだなく、ウィンドウズはおろかDOSすら登場していない。出演していたパソコンがどのメーカーのものかはよく判らなかったが、いずれにしろ記憶装置としてハードディスクが登場する以前の話なので、メモリに書き込まれたデータはスイッチを切ると消滅してしまうという設定だった。もちろん、映画に登場したパソコンは主人公に買われて梱包を解かれ、スイッチを入れられて以来、ラストまでいちどもスイッチを切られることはなかった。
時代性が一番よく出ていたのはなんといっても音響カプラーだろう。モデムが一般化する前、パソコン通信の手段として使われていた音声を使った通信で、ファックスなどで今もおなじみの、あのガーッ、ピーッという音を受話器を使ってやりとりするシステムだ。もちろん現在のモデムやルーターを使う通信とは比較にならないほど遅かったのだが、当時はあれしかなかったのだから仕方がない。主人公にシャンパンをかけられたことで^^;新しい回路が形作られ、意識を持ってしまった\(@o@)/コンピューターは会社の上司のコンピューターに接続し、そこから膨大なデータをダウンロードする。通信速度という概念を知っている今の目で見れば、音響カプラーではとても不可能な情報量に見えるのだが、当時はまだパソコンに触ったことのある人自体少数派だったので、あれでOKだったのだろう。ちょっと驚いたのは、まだインターネットが実用化される遥か以前にネットの存在を前提にしたような設定を作ってしまったあたりで、意識を持ったパソコン・エドガー(主人公に問われてそう名乗っている)は電話線を通じてありとあらゆる情報を入手し、クレジットカードのIDを無効にしたり、勝手に電話をかけたりとやりたい放題。当時はまだ夢物語だったことのほとんどが、今では現実化されていることを思うと、わずか20年の時の流れを思い知らされる気がする。
映画を観ていてちょっと気になったこと。それは、ヒロインのマデリーン(バージニア・マドセン)が初めて主人公マイルズ(レニー・ヴォン・ドーレン)の部屋をたずねてきた時のことだが、どういうわけかマイルズは買ったばかりのパソコンを彼女から隠そうとする。シャワーから出たところでほとんど裸なのに、着ていたバスローブを使ってまで隠すのだが、その理由がよくわからない。物語の後半、パソコンに意識があると気付いたあとならわかるのだが、あの時点では単なる機械としか思っていなかった筈だし、なにか見られてまずいようなことがあったとは思えないのだ。
悲劇と思わせて実はハッピー・エンドという終り方も、基本的にはターミネーター3と同じ発想なのだが、まだインターネットという概念がなかった時代にパソコン通信の相手先を避難場所にするというアイデアはなかなかのものだと思う。なにより、意識のある本体がパソコンという実体ではなく、ソフトウェア的な概念である、というあたり、当時としてはきわめて先進的ではなかっただろうか('06.01.28
追記)・・・
主人公トメを演じるチャーリー・ブアマンは全編現地語で通しており、かなり大変だったと思う。映画のテーマは南米の環境破壊という、きわめて今日的なもので、説得力もある。
よく言われるように、着眼点は諸星大二郎に似ており、同じものを西洋サイドから見たときこういう作品が生まれるのかも知れない。
ちょっと気になったのは、裸族の少女たちが皆スタイルが良すぎて、ジャングルより都会が似合いそうに見えてしまうことくらいか。・・・
これはもうエマニュエル・ベアールを観るための映画である。とにかく、本物の天使のように美しい。ストーリーもラブコメとしてはよくまとまっていて、伏線もわざとらしくなく、ドタバタにうまくまぎらわせている。
音響面でのこまかい演出(たとえばドアを開くといきなりフィービー・ケイツが立っているシーンにしても、その前に微かに車のエンジン音とドアを閉じる音が聞える)も良く、ILMのSFXもさりげなく決まっていて、全体に好感の持てる仕上がりになっている。
天使が主人公のもとへ転がり込むきっかけが人工衛星と衝突したからという導入部からして、なかなか人を食っていて面白いではないか。・・・
トム・ハンクスの好演が光る。魔法の力で大人になってしまった子供がオモチャ会社で成功して副社長にまでなってしまうという物語は、多少教訓めいたクサ味もあるが、まあ巧みな演出のおかげもあって楽しめた。しかし最後に結局もとの子供に戻って、全てがもとの鞘に戻ってしまうのがちょっと・・・
数あるベトナムもののなかでは結構気に入ったもののひとつである。ロビン・ウィリアムズの機関銃トークもふんだんに聞けるし、ヒューマンタッチの物語も悪くない。ヒロインの弟がじつはベトコンで、爆弾テロの張本人であったという事実が分かるという演出は多少クサイが、わりとありそうな話でもあり、あまり気にすべきではないのだろう。・・・
タニア・ロバーツは可愛いし、グレース・ジョーンズは超カッコいい。クリストファー・ウォーケンの悪役も少々線は細いが、偏執狂的な性格をうまく出してはまり役になっている。以前の悪玉たちに比べれば、幾分凄味に欠けるところもあるが、それより遥かに大問題なのは、肝心のボンド役のロジャー・ムーアが老けすぎてまともに動けないということだ。・・・
クローネンバーグらしいグチャグチャネチョネチョもののホラー映画。オリジナル版みたいに頭と片手だけが蝿といれかわると言ったような単純なものではなく、細胞レベルの融合である点がイマッぽさを感じさせてくれる。・・・
キューブリックが言われている程の完全主義者なら、どうしてこの映画を東南アジアで撮らなかったのだろう。あの背景はどう見てもベトナムには見えない。
前半の訓練シーンにも多少気になるところがある。教官は確かにオッカナイが、極端にひどいという程のこともないし、ゴーマー・パイル(当時TVで放映されていた軍隊コメディ「マイペース二等兵」の主役。間抜けな兵士の代名詞)呼ばわりされるデブは兵士にとって一番大切な技術、射撃の腕を褒められているのだ。いじめに遭った原因も自分で作ったものだし、教官を射殺してしまうのは、どう見ても逆恨みだ。・・・
ジョイ・ウォンは確かに美しいし、話のテンポもよく、スピード感もあって、もはや香港映画は日本映画を完全に凌駕している。SFXも全体に良かったが、妖婆の舌はまるっきりただの布にしか見えないので、もう少しらしくした方が良かったと思う。・・・
ようやく調子を取り戻して来たランディスの新作。フリーターに身をやつしていても、王子様らしく見えるあたりがエディ・マーフィの実力なのだろう。特殊メイクで一人何役もこなしている場面も見物ではあるが、ストーリーにあまり関係してこないのがおしい。マーフィのお供の役を演じたアーセニオ・ホールがなかなかいい味をだしていたのが印象的であった。・・・
後にバットマンを撮ることになるティム・バートンの出世作なのだが、イマイチ乗りきれなかった。ベテルギウス(ビートルジュース)役のマイケル・キートンは、あのものすごいメイクのために全然誰だか分からない。あれではほとんどゴジラに入っていた中島春雄サンと大差ないと思う。・・・
暖かい、いい映画だったと思う。ジェフ・ブリッジスも好演だったが、なんと言ってもマーチン・ランドーが良かった。ラストシーンで現存するタッカー製スポーツ・カーが行進する場面は感動モノであった。・・・
これをカス映画と言わずして何をカスと呼んだらいいのであろうか。明らかにこれは「アイアン・イーグル」の余ったフィルムに適当に演技シーンを継ぎ足しただけのシロモノで、映画と呼ぶのもおこがましい。話も無いに等しく、僕は全体の2/3以上をピクチャーサーチで見てしまった。・・・
最初の撃墜シーンがいただけない。何だか特撮くさくて、リアリティが無いのだ。物語そのものは悪くなく、ジーン・ハックマンもダニー・グローバーも好演しているのだが、空軍の協力が得られなかったのか、空襲シーンに登場するのはF−5が二機だけと情けない。グローバーの操縦するO−2も観測機にしてはあまりに強すぎて、不自然であった。・・・
ウォー・バーズはありあわせのフィルムを使った超低予算映画だ(と思う)から仕方が無いが、この映画は結構金をかけているらしいのに、このどうしようもないツマラナサは一体どうしたというのだろう。せっかくマーク・ハミルが出ているのに全然生きていないし、とにかく盛り上がらない。
これほどつまらないSF映画を観たのは「未来元年破壊都市」以来だ。・・・
このところつまらない映画を観すぎたためか、これには結構感動した。この手の映画に実は僕は弱いのだ。とにかく、主人公の少年の面倒を見てやることになるユダヤ人の骨董品屋が実にいい味を出している。時間がたってからもう一度観たくなる映画なのかも知れない。・・・
メル・ギブソンという俳優は、なかなか器用な人で、マッド・マックスとはガラリと違ったイメージを見事に造りだしている。自殺願望のある刑事の無鉄砲な(M92Fは持ってはいるが)キャラクターが生きているのだ。
例によって、彼を捕えた悪玉がなかなか殺さないうちに逆襲されるという、お約束の不自然さはあるものの、それでもこの手の映画の水準は楽々クリアしている作品だと思う。・・・
ピーウィー・ハーマンは日本人にはちょっと理解しがたいところのあるキャラクターで、幼児のようでありながら、ちゃんとした恋人がいて、セックスも知っているようなのだ。コメディらしいのだがあまり笑える所もない。とにかく妙な映画だというのが、正直なところだ。・・・
安彦良和という人は、絵はうまいと思うのだが、監督としてはあまり才能がないのではなかろうか。シナリオも確かに良くないが、全然面白くないのは、やはり演出のマズさが一番の原因だろう。動画も作画もかなり凝ってはいるのだが、残念である。・・・
とにかくものすごい努力の結晶といえる作品である。アニメと実写の合成というと、質感のちがいが目につきすぎて大抵失敗するものだが、この作品では、動画のひとコマひとコマに影をつけて立体感を出し、徹底的に色トレスを活用して違和感を最小にしている。
ストーリィはかなり変ではあるが、ちゃんとエンターテインメントしているし、展開もスピーディであきさせない。さすがは職人監督ゼメキスである。・・・
「ブラジル」に続くギリアムの新作で、ホラ吹き男爵の冒険をひとつひとつかなり凝ったSFXで映像化していてなかなか楽しめる。特に冒頭の戦争シーンでは、実物大の巨大なセットなどを使って見応え十分だ。ラスト近くで力持ちの大男がイカリを持って船をブン回すシーンも凄いが、欲を言えば全体を一目で見渡せるショットもほしかったところだ。・・・
山野浩一の原作はかなり昔に読んだことがあるのだが、ほとんど忘れてしまっていた。アニメ版もストーリーはさほど違わないと思うが、主人公のキャラクターはこんなではなかった。というより、主人公らしき人物などいなかったよ確か。
このキャラクター描写がうっとうしく、作品のテンポをだいなしにして、観るのに苦痛を感じさせるシロモノにしてしまっている。・・・
最大のヤマ場、飛行船の遭難シーンは、たぶん宮崎さんのオリジナルだと思っていたら、やっぱり原作にはないのだそうだ。いつもながらのテンポの良さ、演出のムダのなさには感心させられる。特に感情面での計算が確かで、ムリなく感情移入させる技術はさすがだ。ここまで来ればもうお見事と言うしかない。
ビデオソフトを所有しているのに、それでも放映するたびに観てしまう、僕にとって本編はそんな映画である。これ以降のどの宮崎映画より高く評価しているし、その価値はある作品だと思う。
これ以降の作品に限らず、すべての宮崎作品(「未来少年コナン」などのテレビアニメをを含む)と本編には、際立った違いがある。それは、ひとことで言ってしまえば本編のヒロインは未完成である、という点だ。他のすべての作品、コナンのラナにしろナウシカにしろ、千と千尋の千尋にしろ、宮崎アニメに登場するヒロインはすべて完成された存在だ。特に千尋の場合、いかにも子供のように登場しながら、その実ラナもびっくりなくらい大人だったりするが、本編のキキは間違いなく子供で、その成長が物語のキーになっている。いや、単にヒロインだけではなく、この物語に登場するキャラクターはすべてスタティックな存在ではなく、幾人かは冒頭とラストで明らかにあり方が違っている(おソノさんなんて一児の母になっている)
たとえば、キキは雨に打たれて熱を出した後、いつのまにか魔力を失ってしまっているのだが、それに気付くのは、黒猫ジジとの会話が不可能になっていた、というシーンでのことだ。漫然と観ていると、発熱と魔力を失うことに関係があるかのように思えるが、実は病気が治ったあとキキがジジと会話を交わすシーンはちゃんとあり、両者が無関係であることを示している。その後、トンボの命を助ける過程でキキは魔女の能力を取り戻すのだが、結局ジジとの会話だけはできないまま映画は終わってしまう。一見すると、この結末はキキの能力の回復がまだ不十分だからと思えるが、実は、変わってしまったのはキキではなく、ジジの方なのではないか、と思わせる映像がいくつか挟まれている。町に来た当初、相手はキキだけだったジジも、いつの間にか恋人(恋猫?)ができ、物語終盤には子供まで作ってしまうのだ。つまり、キキが世界のすべてだった当初とは異なり、ジジは家族を持つ身になったということだ。キキとのコミュニケーション能力の変化はむしろここから発しているとは考えられないだろうか。このように、主人公のみならず、それを取り巻くキャラクターたちもやはり成長しているのだ。おそらくは、角野栄子による原作そのものの宮崎作品との差なのだろう(05.9.16追記)・・・
OVAというジャンルが出来て間もなくの作品だと思うが、それにしてはなかなか完成度が高い。多少メカ設定に時代を感じさせる部分があるものの、そこここにこだわりも見せてくれる。
しかし、作品の出来とは関係ないが、何故マリオ66のような殺人兵器が少女の形をしているのだろう。思うに、たぶん原作者がオタッキーな奴だからだろう。・・・
ダスティン・ホフマンのうまさだけが目立つ。トム・クルーズは設定にはピッタリの姿かたちなのだが、イマイチあまい。絵作りも、上半分とか1/3だけアンバーのゼラチン・フィルターをかけたりして、凝ってはいるのだが、少々やりすぎて不自然になってしまった。自閉症の人たちに気をつかっているのは判るが、難しい題材を難しいまま残した感じもしてしまう。・・・
エイリアンの出来の悪い海洋バージョンといったところで、けしてそれ以上ではない。「マックス・ヘッドルーム」のアマンダ・ペイズが可愛いが、本当にただそれだけである。
ラストで海上に脱出した主人公たちをリバイアサンが襲う場面ははっきり言って失笑モノであった。・・・
巻頭からナナメ構図の連続でちょっと疲れるが、舞台がバグダッド・カフェに落ち着いてからは見やすくなる。どんな話になるのだろうと思いながら観ていると、思いがけなくもハートウォーミング・ストーリィとなり、この手の話にからきし弱い僕は案の定ハマッてしまった。特に、カフェの女主人を演じていたCCH・パウンダーが実に良い味を出していた。・・・
天使の眼で見た世界はモノクロで実に静かなのだが、人間の眼にはそれが鮮やかに色づいて見える。前半で時々出てくるカラー映像がどういう意味なのか、始めは判らないが途中でちゃんと判る仕掛けになっている。
主人公の天使が人間になって初めて見た色のついた光景がベルリンの壁の落書きだというのもイミシンだが、今あの映像を撮ろうとしても撮れないわけだし、こうして意図しないのに時代が出てしまうのもまた映画の持つ魅力なのかも知れない。・・・
南アフリカ人を悪玉にするとは考えたが、そう長くは使えない手だろう。アクション映画としてはソコソコの出来ではあるが、伏線が多少わざとらし過ぎてシラケる。パッツイ・ケンジントンもただ殺されるためだけに出てきたようなもので、もう少しストーリィの核心にかかわってほしかった。
それにしても最後に対決する南アに雇われた殺し屋が、妻のカタキだったというのはやり過ぎだよ。・・・
ショーン・コネリーが加わったお陰か、前作よりは多少マシだったものの、第一作「レイダース〜」の面白さにはやはりかなわなかった。ヒロインの魅力が一作ごとに失せて行くのもこのシリーズの変な特徴で、今回のヒロインの影の薄さといったらない。・・・
日本を舞台にした洋画のなかではかなりマトモに日本を描いていて好感をもてる。松田優作も死を目前にしているとは思えぬ好演で、これを見たアメリカ映画界が改めて彼に注目し、出演依頼が殺到したというのも頷ける。
大阪の地下街でアンディ・ガルシアを惨殺するシーンを演じながら、彼は一体どんなことを思っていたのだろう。・・・
こんな作品が大ヒットしてしまうのだからアメリカという国は判らない。バットマンにはもっとポップなイメージのほうが似合うと思うのだが、まるでブレードランナーの世界の出来損ないみたいに暗い。マイケル・キートン演じるブルース・ウェインもネクラそのもの、ほとんど自閉症だ。ジャック・ニコルソンの怪演が唯一の救いと言ったらいいすぎか。・・・
前作が非常に好きだった者(実は僕だ)にとっては多少物足りないが、それほどひどい出来という訳でもなく、まあソコソコといったところではないか。・・・
何故かダリル・ハンナがゴツく写ってしまっており不満である。メイキャップやライティングのせいもあろうが、やはり撮影段階での問題だろう。話はじつにどうということもないラブコメだが、SFXは地味ではあるが凝っている。
悪妻と幽霊とが入れ替わるラストには、多少の意外性はあるが、その後どうなってしまうのか(妻の失踪について警察の追及をうけたりしないのか)ちょっと気になる。・・・
ビリー・クリスタルもメグ・ライアンも好きな俳優なので期待したが、まずは裏切られることもなく、安心した。特に若い頃の二人のメイクが素晴しく、ビリー・クリスタルなどまるで別人のようだ。
時々挿入される老夫婦のインタビューが効果的で、最後に年をとった主人公たち二人がインタビューされる場面では、予測はついたものの、やはり感動してしまった。・・・
多少説明不足の感もあるが、海洋SFとしてはまず一級の出来と言っていいだろう。例によってまたも友好的なエイリアンが登場してしまうのはいかんともしがたいが、それを除けば海中シーンの出来の素晴しさといい、登場人物のキャラクターの的確さ、俳優の演技のうまさといい、言うことはない。特に、水中作業艇どうしの戦闘シーンは見事!・・・
前作がタイム・パラドックスをうまく使った傑作だったのでパワーダウンが心配だったが、遊び心溢れる作品に仕上がっていてひと安心。特に2018年の世界は明るくポップで面白い。
ストーリィは例によって時間線を遡ったり下ってみたり、少々混線気味なのだが、じつに手際よく整理されていて判りやすい。こういうゲーム性の強い混乱した物語をわかりやすく映像化する腕にかけてはゼメキスの右に出る者はいないのではなかろうか。・・・
大森一樹ならもしや・・・という微かな期待は見事に外れ、やはり情けない作品になりさがってしまっていた。ビオランテの設定が最悪と言ってもいい程のものだったので、いかに大森でもやりようが無かったのかも知れないが、音楽の入れ方の角川春樹なみのセンスの悪さといい、沢口靖子のイメージが昇天していくシーンの恥ずかしさといい、もう少しなんとかならなかったのかという感は否めない。・・・
30分ほどの短編アニメだが、作者のフレデリック・バックは、制作のほとんど全部を一人でこなしたというのだから凄い。内容も素晴しいのだが、こんなことが本当に可能なのかどうかは判らない。
はっきりいってこの作品は、人間の手で自然を作り替えてしまうことの素晴しさを謳っているわけで、硬直した自然保護派の眼から見れば誤った発想ととられるかもしれないが、そんな台詞は日本のような恵まれた環境の下で暮らしている人間だからこそ出るのかもしれない。
それにしても呆れたのは、日本の保険会社がこの作品をそっくりそのままCMに使用していることだ。こういうのはやめてほしかったな。・・・
多少演出のタルさや手抜きは気になるものの、キャラクターが原作に実によく似ているので許せる。特に「おりがみひめ」は絵もよく、演出も原作の味を損ねずにふくらませていて気に入った。・・・
原作者みずから脚本を書いているだけのことはあって、複雑な原作をうまく料理してはいるのだが、少々話を単純化しすぎてしまったために、説明不足な場所が残り、結局単なるラブストーリィとしての印象しか残らなかったのは失敗だったかも知れない。
話とは直接関係ないが、千年未来の世界でシェリル・ラッドのお供をするロボットは、まるで東映のお子様向けSFテレビ映画に登場しそうなほどチャチて゛、実に情けない。・・・
主人公が神の言葉を聞き、突然球場を造り始めるのはいいが、「彼」が何故シューレス・ジョーだと思い込んだのか、イマイチ謎のまま残った。「彼」は結局若き日の父だったわけだからなおさらだ。物語そのものの展開はさすがに見事で、アカデミー作品賞候補になるだけのことはある。・・・
ジーナ・デイビスとジェフ・ゴールドブラムの組み合わせはザ・フライと同じだが、こちらはうってかわった脳天気SFミュージカル。いかにもMTV出身のテンプルらしくポップな映像が楽しい。何もないと言えばない映画だが、もともとミュージカルなんてそんなもんだろう。・・・
もう一人のモンティ・パイソン男テリー・ジョーンズ初の劇場用大作。けっこう面白かったが、ギリアムの「バロン」と比べてスケールが幾分小さく感じられるのは、やはり予算の関係か。関根勤も奴隷使い役でがんばっていたが、彼の日本語に対する英語字幕がかなりデタラメでかえって面白かった。
残念だったのはバルハラの場面で、外から見ると広大そうだったが、中は狭苦しく、オーディンが子供だったりして期待はずれもいいところだ。・・・
妙な映画である。小さな町でおこった女子高生殺人事件をFBI捜査官が調査してゆくという話だが、殺人事件の起こした波紋の描き方が異常にオーバーで、ある意味ではリンチらしい。
カイル・マクラクラン演ずるクーパー捜査官もまた変な奴だ。登場人物全員が複雑につながりあっているので、解決は難しそうに見えるのだが、突然真犯人が登場して話は唐突に25年後に飛び、2001年風の難解なエンディングとなる。
TVスペシャルを海外市場に売るために強引につけた結末だろうが、それまでの比較的リアルな展開がぶっとんでしまい、作品として態をなしていないのが残念だ。・・・
「フランスの思い出」と「サンドイッチの年」を足して二で割ったような映画であるから、好きにならずにいられる筈がない。噂にたがわず名画である。監督のトルナトーレは撮影当時弱冠29歳だったという。信じられないうまさである。もちろん音楽のエンニオ・モリコーネを始め、スタッフに恵まれていたこともあったのだろうが、それにしても凄い。・・・
何故かタッチストーンではなく、ウォルト・ディズニー映画となっている。お子様向けを意識した結果かも知れない。よくあるファミリー映画ではあるが、丁寧にソツなく作っている。まさにディズニーらしい作品と言えるだろう。
SFXもありふれた手法ではあるが手堅くまとまっている。場面によって合成の境界線がやや目立つかなと思う程度。空飛ぶミツバチのシーンは翅の動きがリアルで、まるで本物のようだ。欲を言えばエンディングが少々あっけなかったので、もうひと捻りすればよかったような気がする。・・・
失敗作だと思う。
「狐の嫁入り」や「桃畑」のあたりまでは期待を持たせてくれたのだが、その後のエピソードは無いほうがいいようなものばかり。夢そのものを語るにしては不条理さが足りないし、短編映画としては完成度が低すぎる。
戦没者や原発の章(?)は未消化だったり妙に説明的だったりして深みがない。黒澤の最大の誤算は、職人が自らを芸術家だと思い込んでしまったことではないかとさえ思えてくる。
「雪女」もかったるい演出で、せっかくILMが一口噛んでいるんだから、スタジオ撮影としか思えない絵作りをもう少しなんとかしてもらえば良かったのに。せめて雪女を「レイダース〜」の悪霊みたいに表現してくれれば多少はマシだっただろう。・・・
空撮モノのビデオソフトの中ではまさに2001年級の映画といっていい。オンボード・カメラをふんだんに使った映像は、制作以来16年が過ぎた今でも少しも古さを感じさせない。
構図のとり方は適度に斬新で、たぶんかなり入念なコンテを切っていたものと思われる。音声はモノラルでオリジナル通りだが、最近のドルビー・サラウンド全盛の空撮ソフトの中にあってはやや物足りない。
一番残念なのは、使用した原版がややくたびれ気味なことで、アメリカ製のThreshold Releasing Inc.のソフトと同じものを使っているらしく、画面が一瞬乱れる(マスター・テープに起因するらしい)場所も同じである。ネガ起こしとまではいかなくても、せめてもう少し状態のいいマスターを使ってほしかった。
この文を書いてからさらに16年が過ぎた2006年、実に久しぶりにまたこの映画を鑑賞する機会を得た。前回は東芝映像ソフトのレーザーディスクを観て書いた「ひとこと」だったが、上にもあるように画質的に不満があり、また日本語字幕に誤訳やタイミングのおかしいところが散見されたので、結局手放してしまった。よって今回観賞したのはアメリカThreshold Releasing Inc.から発売されていたVHSビデオである。もちろんVHSなりの解像度の限界はあるし、マスターテープに起因するノイズが気になる部分もあるが、それでも全体的な印象は東芝製のレーザーディスクよりはマシな気がする。
さて、前回から16年を経た感想だが・・・これがまったく変わらない。まさに、エバーグリーンの傑作という言葉はこの作品のためにあるようなものだ。これ以前の航空映画とは明らかに一線を画す突然変異的な傑作と言っていい。この映画のあと、似たような航空ビデオが山のように作られたことからも、その強烈な影響力がうかがえる。映像の素晴らしさだけではなく、「デューン砂の惑星」の原作者、フランク・ハーバートの手になる詩的な台本と、その魅力を100%引きだしたレスリー・ニールセン(「裸の銃を持つ男」でコメディに開眼するまでは、ごくシリアスなアクターだった)のナレーションもまた非の打ち所がない。IMDbでは10点満点中実に9.1点という驚異の高得点を上げている(好きな人しか観ないタイプの映画ならではの得点ではあるが、逆に言えばマニアックな人の観賞に十分耐える内容を、今に至るまで保ち続けているということでもある)ことからも、完成度の高さが判ろうというものだ。残念ながらThreshold
Releasing Inc.も今はなく、アメリカでもソフトを手に入れるのは至難の業らしい。こうした時代を越えた傑作こそ、いつでも手に入れられる環境を整備してもらいたいものだ(2006.9.15追記)・・・
「ジェダイ〜」から比べればスケールの小ささは否めないが、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズの完結編としてはなかなか良くできた愛すべき一編である。PartIIと同時に撮影したせいか、絵作りや雰囲気などじつによく似ている。
クリストファー・ロイドの相手役にメアリー・スティーンバーゲンをもってくる所など、憎いキャスティングである。例によって物語は過去と未来にまたがって展開する訳だが、今回は前回と違ってパラレル・ワールド的な概念はあまり入っていないので、ストーリィにそれほどの混乱はない。
とは言ってもクレイトン峡谷は現在に戻るとイーストウッド峡谷に変わっていたりはするが。想像力の乏しい僕はマーティー一人が現在へ帰ったあとデロリアンを壊してしまうところまでは予想出来たのだが、その後ブラウン博士一家が再登場することまでは読めなかった。さすがはゼメキス、やる事がいつも一枚上手だ。・・・
見事1990年ワースト映画No.1となった作品であるが、最初からまったく期待していなかったためか、ワーストNo.1となるほどの駄作というほどのこともなく、ただの凡作というのが観終わった時の感じだった。
最悪とは「風の惑星」のような映画のためにとっておきたい。
そうはいっても日本映画としては空前のお金をかけながら、かつての東宝SF映画にも劣る情けない出来ではある。チャールトン・ヘストンやらジャック・パランスやら名優をそろえた地上編はまったく不必要だったし、売りのSFXも画質がイマイチで金をかけた感じがしない。
ストーリィの中核になるヘリオス号のクルーたちも人物描写が全く不足しているために感情移入できないし、バイオジーンのアレックスに至っては、悲惨である筈の最期もまるで予定調和的で全然盛り上がらないままエンディングを迎えてしまう。うーむ、こう考えてみると、やはりワーストに限りなく近い映画のように思えて来たぞ。・・・
一部の評ではスピルバーグらしくない作品などと言われているが、やはりどこから見てもスピルバーグ印のアンブリン映画だ。B−26やらカタリナやらスカイマスターやら飛行機も沢山登場するし、ILMによるSFXも実に自然に仕上がっており、違和感は全くない。
物語は航空映画というよりはフィールド・オブ・ドリームスやゴーストに近いファンタジーで、そのあたりもまたスピルバーグらしいと僕は思う。
蛇足だが、Alwaysを「いつまでも」と訳すのはいくら内容を考えた上でのことであっても、やはり間違いだろう。せいぜい「いつだって」くらいにしておいた方が良かったのではないか。・・・