こんにゃく騒動


 近所のスーパーから、とうとう「蒟蒻畑」が消えてしまった。国民生活センターの注意喚起が報道された後もメーカーからの回収指示などはなく、そのまま店頭で売られていたのだが(もちろん幼児と高齢者向けの注意喚起の貼り紙はしてあった)発売中止になることを知った消費者が買い占めてしまったらしい。メーカー側の発表によると、当分の間は販売を中止するということだが、いつ再開できるかについてはまだ白紙のようだ。こんにゃくはわが群馬県の数少ない特産品であり、その生産加工は貴重な地場産業であったのに、販売中止は返すがえすも残念である。

 それにしても、こんにゃくゼリー関連ニュースの注目度はすさまじかった。ミクシィは日本国民の約1/10が加入しているとされる巨大SNSだが、ふだんの日記ランキング(「注目のニュース」に関連した日記の総数のランキング)ではトップでもせいぜい数百件だったものが、この件に関する日記はなんと5.000件をオーバーしていた。ポテトチップスの市場規模は約2.000億円と言われるが、昨年のこんにゃくゼリーの市場規模は117億円、つまりポテトチップスの1/20くらいにすぎない。その程度の市場規模の商品に対する反応としては、いささか不自然に感じるほどの注目度である。

 某テレビ局の調査によると、この販売中止という処置について、賛成が約三割、反対が七割という結果だった。僕も「販売中止」という判断はやや拙速ではなかったかという気がするので、この調査結果にはおおむね頷ける。しかるに、ミクシィの日記を閲覧してみると、そのほとんどは反対票であり、販売中止に賛成する意見はほぼ皆無と言っていい状態であった。ネット全体での意見はどうなっているのか、ためしに「こんにゃくゼリー」をキーワードにググってみると、山のようにブログがヒットしたが、そのほとんどがやはり反対意見で埋め尽くされていた。その中でも特に目立ったのが、「餅による窒息死はこんにゃくゼリーの84倍にもなるのに、餅の規制はしないでこんにゃくゼリーを規制するのはおかしい」という意見である。この「84倍」という数字はほとんどすべてのブログのコメントに登場し、大多数のブロガーたちの共通意見のように思われる。

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 「84倍」という数字が何を根拠にしているのか気になったので、ちょっと調べてみた。その結果見つかったのがGIGAZINEのこの記事である。厚生労働省が全国の消防本部と救命救急センターを対象に調査した結果を独自に集計したものだが、たしかに「算数」としての計算は間違っていないものの、厚労省が発表した公報をきちんと読解していないために起こる誤謬に満ちた数字になってしまっており、残念ながら実情を反映した数字とはとてもいえない。

 では、具体的に見ていこう。厚労省の調査は2008年の1月から3月にかけて行われたもので、GIGAZINEのライターはその中から2006年一年間の餅による窒息事故について、消防本部の報告件数(77件)と救命救急センターの報告件数(91件)を合計し、その数を2006年におけるこんにゃくゼリーによる死亡件数(2件)で割り、「餅はこんにゃくゼリーの84倍危険」という結論をはじき出しているわけだ。この数字をパッと見たとき、ちょっとひっかかるものを感じたので(ふつう死亡の判定は救急車の中では行わず、たとえ心肺停止状態であっても蘇生処置を行いながらとりあえず病院に運び、そこで初めて「死亡」が確認されるはずなので、救命救急センターの91件に対して消防本部の77件という数字は大きすぎるように思える)GIGAZINEからリンクを張られている厚労省のページを覗いてみた。その結果、あっと驚く事実が判明した。

 まず「概要」のページを読むと、消防本部は全国18ヶ所を調査対象とし、そのうち13ヶ所から回答を回収できた、とある。これは人口比でいうと22%に相当し、実に人口比にして八割近くが調査から漏れていたことを意味する。また、救命救急センターは登録204ヶ所のうち75ヶ所から回答を得られたとされている。こちらの人口比は明らかにされていないものの、回答を得られた病院数が全体の37%程度であったことは無視できないだろう。いずれにしろ、出てきた数字をこんにゃくゼリーによる全国の死者数で割ってみても、出て来る数字が実情を反映したものになるはずがない。

 さて、肝心の死亡者数だが、ここでGIGAZINEのライターがとんでもない思い違いをしていることが判る。消防本部の調査では、窒息事故件数724件(うち原因の特定できたもの432件)のうち、死亡例はわずかに65件(全体の8.9%)に過ぎず、彼が「餅による死者数」とした77件にも及ばない。救命救急センターではさすがに死亡率もぐんと上がって、603件中378件(62.7%)にのぼるが、残念ながら個々の死亡原因については説明がない。いずれにしろこのライター氏、単なる事故件数を死亡件数であると勘違いし、そこからの単純計算で「84倍」という数字を叩き出していたのであった^^;さすがにあとになってミスに気付いたようだが、現在のところ数字そのものを訂正する気はないようだ。

 もちろん、回答のなかった消防本部がカバーする人口比の八割弱、救命救急センターの六割強は調査対象には含まれず、結果的に全国の死亡者数がこの調査の数倍に及ぶことは間違いないだろうが、いくら結果オーライだからといって「84倍」という数字に何の根拠もないことも確かだ。

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 「84倍」というデタラメな数字を頭から信じ込む姿勢にも疑問を覚えたが、さらに違和感があったのが「Aとそれより遥かに多数のBとを比較して、BがそうでないならわざわざAをそうする必要もない」という論法だ。今回でいえば、Aがこんにゃくゼリー、Bが餅に相当する。つまり、「こんにゃくゼリーの84倍危険な餅を野放しにしている以上、こんにゃくゼリーにはなんら規制する必要がない」という論理である。これは一見正論のようだが、「医療ジャーナリスト」を名乗る人物までが「コストパフォーマンスが悪い」などと断言するのを見ていると、本当にこの国は大丈夫か、と不安になってくる。こういう人は、数万人に一人などという難病の研究に無駄な予算をかけるより、国民の死亡原因第1位のガンを根絶させるためにこそ予算を使うべきである、なんて言い出すのだろうか。

 この論理に従えば、こういうことも言える。福知山線脱線事故の起こった2005年、あの事故の犠牲者を含めた国内の鉄道事故による死亡者数は113人(自殺者は含めず)だったが、同年の交通事故による死者数は6.871人、つまり鉄道事故の60.8倍にのぼる。だからといって、交通事故を減らす抜本的な対策がとられないから鉄道の安全など無視していい、などとは誰も言わないだろう(交通事故死者数の漸減傾向から「抜本的対策はすでにとられている」という人もいるだろうが、事故件数そのものはこちらの図でも明らかなように高止まりが続いており、とても「抜本的対策がとられている」とは言いがたい)さらに極端な話をすれば、昨年大阪のエキスポランドでジェットコースターによる初の死亡事故が起きたが(作業員などが死亡した事故は以前にも起きているが、乗客が死亡したのは初めて)あとにも先にもただ一件の死亡事故のために、日本国内のほとんどのジェットコースターが総点検のために使用停止に追い込まれた。コストパフォーマンスという見地からすれば、これほど不経済なことはあるまい。

 2008年10月末現在、こんにゃくゼリーによる窒息事故の犠牲者数は19人とされている。実にジェットコースターの19倍も危険なのに、片や営業を停止してまでの総点検を求められ、片や「野放しのままでいい」というのは、理屈としておかしくはないだろうか。え?比較する対象がおかしい?

 そう、僕が言いたいのはそこのところなのである。事故の条件はそれぞれ違う。餅の死亡例にしたところで、からみ餅のすすり食いもあれば雑煮の餅が原因であったこともあるだろうし、千差万別である。先日も給食のパンによる窒息事故により小学生が死亡したが、明らかに自己責任というしかない食べ方が原因であった。そうしたものをいっしょくたにカテゴライズして、「BはAより何倍危険」などと言ってみても、実質的な意味など無いのだ。

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 今回の騒動の一方の当事者、国民生活センターは内閣府所管の独立行政法人であり、国民生活に関連するさまざまなアイテムのテストや苦情相談などを行う公的機関である。こんにゃくゼリーとの関わりは意外に古く、初めて死亡事故が起きた当時の1995年、最初の注意喚起を促している。それからも事故があるごとに注意喚起を繰り返し、2008年9月30日には実に11回目を数えた。けして思いつきや業界いじめでこんにゃくゼリーを取り上げたわけではないことは、繰り返されている実験などを見ても明らかだろう。

 しかし、それでは単に販売中止とするだけで問題は解決するのだろうか。メーカーのマンナンライフはほぼ蒟蒻畑の生産だけでやって来た会社であり、このまま生産することができなければ企業として存続できない。製品のファンの一人として、どうしてもそれだけは避けてもらいたい。しかし、再発売にこぎ着けるには、具体的にどうすればいいのだろうか。実はこのところ、そればかり考えていた。もちろん、どんなに対策を施しても事故が起きるときには起きてしまうものだ。何ものも、マーフィーの法則から逃れることはできない。しかし、ある工夫でその可能性をゼロに近づけることは出来るのではないか、と思うのだ。

 甘いのどの薬にトローチというものがある。薬効成分が長く口の中に留まるよう、通常の飴よりも溶けにくい素材でできているのだが、そのせいで誕生した当時、誤ってのどに詰まらせる事故が多発した。その対策として、円盤型のトローチの中央に穴が開けられた。いうまでもなく、のどに詰まっても最低限の気道を確保するための工夫である。それ以来、トローチによる窒息事故は劇的に減少したという。残念ながらこんにゃくゼリーの場合、その形状を工夫して事故を防止する努力はあまり有効ではなかった。ゼリーを入れるカップの形状は何度も変更されたものの、結果的に事故の発生を防ぐことは出来なかったのだ。しかし、工夫はなにも製品の形状だけに限られるわけではない。

 事故はほとんどの場合、小児や老人が食べたことによって起こっている。それなら、製品を彼らが食べないようなものにしてしまえばいいのではないだろうか。製品が世に出てから現在まで、事故が起きている間もずっと、蒟蒻畑は「洋生菓子」として売られてきた。「洋生菓子」とは「洋菓子の中で水分が30%以上のもの」を指す言葉で、特に法律的な縛りはないらしい。しかし、テレビCMを見たことのある人なら判ると思うが、実質的にはダイエット食品の側面を強調したイメージ戦略で販売してきた。だったらいっそのことこの際「特保」(特定保険用食品)許可を申請して、本格的なダイエット食品として売ればいいのではないだろうか。主成分であるグルコマンナンは医学的な効果の認められた難消化性デキストリンの一種であり、血糖値コントロールに有効とされているのだから、許可を受けるのも不可能ではあるまい(ただし、現状のままでは一袋300キロカロリーもあるので難しいかも^^;)もちろん、許可を受けなくても一般のダイエット食品として売るのは可能だろうが、より徹底するにはやはり「特保」許可を受けていることが望ましい。

 ふつうの大人がベビーフードを食べることなど滅多にないように、ダイエット食品コーナーに置かれている品物を子供や老人のために買い求める人も、そうはいないのではなかろうか。少なくとも現在のように、ポテトチップスや飴と一緒に並んでいるよりは危険性は減るだろう。もちろん、それでも誤って買ってしまう人が皆無とは限らないが、そのあたりはパッケージに工夫するなりして(いかにも「お菓子」っぽい現在のパッケージなど論外である)「洋生菓子」とはっきり差別化することで対処するしかないかもしれない。たとえダイエット食品として流通していても、購入した人とは別の家族が「お菓子」と勘違いして小児に与える可能性はあり、そうした可能性をも考慮したパッケージングを考える必要はあるだろう。('08.10.29 記)

 そして、販売中止から二ヶ月足らずの11月26日、メーカーのマンナンライフは製品中のこんにゃく成分を減量するなどの改良が完了したとして、蒟蒻畑の販売を再開した。実際に商品を手に取ってみると、警告文は表側に移動し、以前よりやや大きくなったものの、これでも読まない人は読まないのではないか。パッケージそのものよりも、新たに追加されたポーションの蓋の警告文をもっと大きくすればよかったように思う。個人的には、ポーションの蓋に商品名など書き入れる意味はほとんどないのだから、いっそ蓋全体を警告文で覆うくらいの配慮があってもよかったのではなかろうかという気がする。

 実際に食べてみると、舌触りや弾力などは以前とほぼ変わらず、あまりこんにゃく成分を減らした効果は出ていないように思える。しかし、この弾力なしには製品の魅力そのものも失われてしまうわけだから、これはこれで仕方ないのだろう。それより最大の問題は、やはり「売り方」であろう。

 僕が購入した店では、以前のお菓子売り場にではなく、ダイエット食品売り場に置かれていた。部分的に僕の主張通りになった格好である。しかし全部の店がそうなわけではなく、相変わらずお菓子売り場やデザートコーナーに置かれている店も多いようだ。店によってはダイエット食品売り場そのものがなかったりするから、ある程度仕方のないことだとは思うが、ないなら作ってくれるよう指導するなり、いろいろ働きかける手段はあると思う。メーカーにしてももう「次」はない、という覚悟で営業活動をしてほしいものだ。('12.31 記)

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