日々是好日


1. 六カ国協議と「従軍慰安婦」謝罪決議

 結局のところ、例の「核実験」、肝心の核分裂はもうひとつうまくいかなかったようだが、おそらく真の狙い、つまり、核保有国を宣言することで国際社会へのプレゼンスを増大させる、という試みはみごとに効を奏したようだ。あれほど二国間対話を拒んでいたアメリカが、いつのまにか北のペースで会談に臨んでいるし、マカオの銀行口座凍結解除も、テロ支援国家(アルカイダみたいなテロ組織を支援しているイスラム国家とは違って、北朝鮮は自前の特殊機関でテロ行為をやっているのだから、「支援」どころかずばりテロ「立国」国家そのものなのだが)指定解除もすでに射程に入った、と、少なくともあちらの担当者は確信しているようだ。

 北の高官が言っているような甘い口約束を、あのヒル国務次官補がそう簡単にするはずはなく、おそらくは意訳か誤訳を装った政治的発言であろう。計らずもその手法は六カ国協議直後の北のテレビニュースが自白してしまっている。協議の決定事項には存在しない、核開発を「一時的に停止する」という文言を、何のてらいもなくニュースとして流す感覚こそあの国の常識なのであり、これはもう、いつでもKEDOの時のような裏切りをやりますよ、と宣言しているようなものだ。

 日本の拉致被害家族と対面して北朝鮮への対決姿勢を鮮明にしたブッシュ大統領が、そんなに簡単に翻意するとも思えないが、悪化するばかりのイラクの泥沼に軍事力の大半を割かねばならない現在、今は北と事を構えたくない、という「台所事情」もあることだし、とりあえずは「対話」という環境を整えたうえで時間稼ぎを決め込むつもりなのだろう。北に「現状維持」を許す、ということはすなわち拉致問題の先送りを意味するわけで、拉致被害者の命がかかっていることを考えると、それほど悠長なことを言ってはいられないと思うのだが、すでに経済制裁を発動してしまった以上、こちらに採れる手段も限られているし、いまは静観するしかない。

 もちろん、かつて何度も痛い目を見たアメリカがそれほど簡単に北を信じるとは思えず、おそらくは「飴と鞭」を使い分ける戦略なのだろうが、将軍様だってそのあたりは熟知しているはずだし、いくつかの譲歩はしても、それと引き換えに体制を保証され、ついでに幾ばくかの援助を引きだせればもうけもの、くらいの計算なのだろう。まさに、心憎いばかりの「核の平和利用」である^^;

 さて、考えてみれば、六カ国協議の北朝鮮以外の当事国のなかで、中国、韓国、ロシアと日本との間にはそれぞれ領土問題がある。日本との間に大きな問題を抱えていないのはアメリカだけであり、この二国を分断することが、交渉を有利に運ぶために必要であると将軍様が考えても不思議はない。そんな時に突然持ち上がったのがアメリカ下院による「日本軍が第二次大戦中、若い女性を性的奴隷へと強制したことに対し現在の日本政府がそれを認め、謝り、歴史的な責任を受け入れることを求める」という長ったらしい名前の決議案である。独立国の政府にああしろこうしろ、ということは立派な内政干渉にほかならないと思うのだが、「人権」という錦の御旗があればどんな無理難題も許される、と考えるのが「民主主義のお手本」を自認するアメリカなのだろう。

 六カ国協議が新たな段階に移行しつつあるこの時期に、朝鮮に関わるこうした問題が突然持ち上がること自体不自然なのだが、議案を提出したマイク・ホンダ議員は、報道によると日系でありながらも中国系の反日団体から献金を受けるなど札付きの反日派で、また選挙区には韓国系市民が多く、その影響力でたびたびこの議案を提出しているらしい。これまで下院での民主党勢力は少数派だったので、決議案も廃案になってきたのだが、前回の選挙で民主党が第一党になったおかげで、今回は可決成立する公算が高いようだ。

 非常に引っ掛かるのが、この韓国系市民というやつであり、どうもアメリカ人の弱い「人権」というキーワードを巧みに使って日米の分断を図る作戦のようである。従軍慰安婦問題が日韓の間に刺さる棘のようなものであることは言を待たないが、直接それとは関係のないアメリカが口をはさむのはいかにも不自然であり、日本国民の目からは「大きなお世話」にしか見えない。そもそも二度にわたる原爆投下や東京大空襲のような、明らかにハーグ協定違反である重大な戦時犯罪を犯しておきながら、それには一片の反省もなく、他国の過去の人権問題に口をはさむ権利がお前たちにあるのか、と、普通の感覚を持つ日本人なら思うだろう。こうした反感が国民の間に巻き起こり、対米感情の悪化を招くのが、ホンダ議員の背後にいる「韓国系市民」つまりは将軍様の工作員の任務なのではあるまいか。


2. 著作権かパワハラか

 物書きとして最近気になるのは、川内康範氏VS森進一氏の「おふくろさん歌詞無断改訂」問題である。個人的には森氏のレコードなど一枚も買ったことはなく、どうなろうと知ったことではないのだが、事が著作権の問題に絡む以上、まったく無関心というわけにもいかない。

 事件の発端は要するに、森氏が「おふくろさん」本来の楽曲の前に、まったく別の詞・曲からなる「前奏」を付け加え、歌っていたことに対して「おふくろさん」作詞者である川内氏がクレームをつけ、森氏に自作の楽曲すべての歌唱を禁じたもので、そもそも「作詞」しただけの人間が楽曲全体に対してそのような権利を持つのか否か、疑問を禁じえない。なぜなら、歌手が歌うたびにその収入の一部が作詞者と作曲者に楽曲使用料として入るわけだが、作詞者が勝手に歌唱を禁じたことにより、本来作曲者が得るべき使用料も入らなくなるわけで、これはある意味作曲者の権利を侵害しているともいえるわけだ。ちなみに「おふくろさん」の作曲者は1993年に物故した猪俣公章氏であるが、前奏部分も同じ猪俣氏が作曲しており、作詞だけは別の人(保富康午という、アニメ主題歌などの作詞で有名な人=1984年没)が担当している。ところで、川内氏の事実認識で明らかな誤りがひとつある。それは、前奏の追加があたかも森氏独断の勝手な行為のごとく言っている点で、これには森氏以外に前述のように作曲者の猪俣氏も参加しており、ライブレコード「森進一オリジナル・コンサート」(1977年)として発売もされていた点からして、当事彼が所属していた渡辺プロダクション(1979年に独立)や、所属レコード会社ビクター音楽産業の関係者も承知していたと考えられ、むしろ川内氏ひとりを蚊帳の外に置いたプロジェクトであったと見るべきだろう。

 ここで第一の疑問は、前奏部分を付け加えるにあたって、なぜ本来の作詞者である川内氏に依頼しなかったのか、ということである。川内氏は「まったく無断で」と主張しているので、おそらく打診すらなかったのだろう。そして第二の疑問は、なぜ今か、ということである。森氏が前奏を付け加えたバージョンを歌い始めたのは30年も前の話であり、どうして今頃になって問題にするのか、その理由がよくわからない。

 第一の疑問に関しては、関係者の多くが物故してしまっているので真相は薮の中である。おそらく(打診すらなかった)川内氏も預り知らぬことだろう。あるいは、唯一の生存者たる森氏だけがご存じなのかもしれないが、森氏とて、当事は単なるプロダクション所属のいちタレントに過ぎなかったわけだから、ステージングのすべてをプロデュースしていたはずはないし、そもそも前奏を付け加える、という発想が誰のものか森氏が明らかにしていない現在、責任の所在を云々することは、本来なら不可能なはずだ。それなのになぜか川内氏の怒りは森氏に集中しているように見えるが、たとえ川内氏が主張するように森氏が非礼な態度をとったとしても、それが現在のような集中砲火とも思える非難を浴びせる根拠とはならない。川内氏の表現には明らかに名誉棄損的要素(盗作呼ばわりや、あからさまな人格否定発言など)が含まれており、マスコミ等で盛んに取り上げられているために社会的影響も大きい。もし森氏がその気になれば、提訴に踏み切られても不思議ではない。

 そして第二の疑問だが、これも現在のところまったく謎である。川内氏サイドに言わせると、クレームはすでに7〜8年前から森氏サイドに入れていた、ということだが、それにしても歌い始めてから20年以上経ってからの話である。つまり、川内氏は20年以上もの間、自分の作った楽曲がどう歌われていたのか無関心であった、ということでもある。それがなぜ突然これほど激しい怒りをあらわにするほどの問題になったのか、さっぱり判らない。巷間囁かれているブレーンの存在に関しては、あまり考えられない。ブレーンがいるにしては発言があまりにも不用意だし、感情的な方向に走りすぎる。おそらくは川内氏ご本人が怒り心頭に発し、歯止めが効かなくなっているというのが実情だろう。顧問弁護士はむしろ彼の一言ひとことに、心臓を締めつけられる思いでいるのではなかろうか。ちょっと気になるのは、インタビューなどに登場する演歌の大御所たちがきまって「あの温厚な川内先生が」と枕詞のように形容する点で、もしそれが川内氏の体面を保とうとする発言でなければ、なんらかの病理学的な変化により性格が変わってしまった、ということも、可能性としては考えられなくもない。

 結局のところ、今回の騒動でいちばん被害を受けたのは誰だろう。少なくとも言い出しっぺである川内氏自身が被害を主張することは難しい。川内氏の主張では、勝手に歌詞が改変されたことにより本来の意味が損なわれた、ということだが、前奏の歌詞により世界観が歪められ、本来の歌詞の意味が違ってしまったという主張にはかなり無理がある。そんな主張をするなら、演歌には付き物の司会者による前振り口上なども、全て「世界観を歪め」るものとして禁止しなければならなくなる。また、厳密に言えば、川内氏の作った歌詞の部分はまったく手を付けられずに温存されており、単に前奏を付け加えるという行為が本当に著作権法違反に当たるのか、という問題もある。楽曲を聴けば判る通り、前奏部分は詞だけでなくメロディも「おふくろさん」とはまったく異っており、JASRACに独立した楽曲として登録することも不可能ではなかった(実際にはされておらず、あくまでも単なる「前奏=バース」扱いであったが)

 逆に森氏に関しても、確かに川内作品を歌えなくなる、という問題はあるものの、彼にはそれ以外にも山のような持ち歌があり、事実上大きな損害はない。イメージ戦略的にも(川内氏の老害に辟易しながらも)ひたすら謝罪する「いい人」を演じることにより、実害はほぼ無いといっていいだろう。どうせ老い先短い老人だ、言いたいことを言わせておけばいい、くらいの感覚かもしれない、と言ったら言い過ぎか。少なくとも川内氏には森氏の態度がそう見えており、それがますます怒りに油を注いでいるようだ^^;

 最初に触れた作曲者に関しては、明らかに歌唱分の収入が入らなくなるわけだから、これは被害者といっていいだろう。とはいってもすでに故人なので、被害を受けるのは著作権管理をしている遺族ということになるのだろうが。実際に入ってくる金額としては、ステージで森氏が歌うことによる収入よりも、CD売り上げの印税や、カラオケ収入の方が遥かに大きいと思うので、現実の被害はごく小さいといって差し支えあるまい。

 そうやって消去法で行くと、最後に残る被害者は森氏の喉で「おふくろさん」を聴きたいと思っている多くのファン、ということになる。こればかりは代えが効かないし、金銭で贖うこともできない。川内氏に言わせれば、最低の人格しか持ちあわせていない森のような人物の歌声に魅了されるような連中は、本物と偽物との区別もつかない似非ファン、ということにでもなろうか。個人的には、自分の作品に対してお金を出してくれた人にこうした仕打ちができるようになった時点で、川内氏にはすでに「ものつくり」にたずさわる資格など無くなっていると思うのだが。('07.03.14 記)

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