コドモ噺二題

その1、コドモノクニ

 またもやってくれました。もう何も言いません。確かに、元をただせば発端は、日本の一地方自治体が決めたささやかな条例(何の実効性もない、ただ「〜の日」を決めただけのことだ)なのだが、それに対するこの過剰反応、というか頑是無い子供のような、知性のかけらもない反応はなんなのだろう。少なくとも大人の取る態度ではない。ある地方自治体では「竹島の日」に対抗して「対馬の日」を制定したという。もはや失笑を通り越して、気の毒に感じるほどである。彼らはそれで溜飲を下げたつもりなのだろうが、自分たちのそうしたみっともない暴走が端からどう見えているのか、全然気にならないのだろうか。

 竹島の領有を韓国が言い出すのは1953年、有名な李承晩ライン宣言(1965年廃止)以降の話である。それ以前の戦後処理において、領土問題は発生していなかった。昔から竹島を自国領と考えていた日本は同年、この状態を国際司法裁判所に訴え判断をゆだねようとしたが、韓国はその呼びかけにすら応じようとしていない。勝てる見込みがないと思っているのか、その必要がないほど自明なことだと思っているのかは判らないが、要するに自分の判断がなにより優先すると考えるコドモの発想である。

 基本的に僕は領土紛争について右翼的な思想を持っているわけではない。経済水域を何としても守るために、何がなんでも主権を主張するつもりもないし、だいたい両国のちょうど中間あたりに位置する無人島について、その領有を云々してもあまり意味のあることではないと思っている。いちばん現実的なのは共同管理であり、99年に結ばれた日韓漁業協定を順守するための監視基地を置くのが、さしあたってもっとも有意義な利用法ではないかと思う。どうしても領有権を主張したければ、よく見ると島は二つに分かれているようなので、韓国側を韓国領、日本側を日本領にすれば何の問題もない(それにしても、明らかに複数の島である竹島に「独島」と名付けるセンスはどうもよく判らない。本当に最初から「独島」とは竹島のことだったのだろうか?)しかし現実はあまりに違っている。韓国は件の漁業協定も実質的には順守しておらず、日本の漁民は今も締め出されたままである。そのことに憤った漁民の反発が、今回の島根県の条例制定の原因になっている。しかるに、彼らはまたも「覇権主義」だの「過去の歴史」だの、決まり文句を持ち出してきた。

 以前にも書いたことだが、領土問題と「過去の歴史」の精算とは何の関係もない。領土問題でなにか主張することが覇権主義なら、領土問題を抱えた国のすべては覇権主義ということになる。もちろん韓国だって例外ではない。竹島を日本の領土としたのは、今を遡ること100年も前の話だ。その後の日韓併合とは何の関係もないし、それを結びつけて考えることの無理を、ちょっとでも理性のある人間なら理解できるだろう。要するにこの思考法は、自分に何か要求を出されれば、それがどんな問題であっても「過去の歴史」という遥かに多額の「貸し」の精算を要求してやるぞという態度の表明にほかならない。これでは議論も何もない。永久に「お前たちの過去はまだ精算できていない」と言い続ければ、どんな難題をふっかけられても優位に立つことができる。これこそ万能の免罪符、第三者から見れば、単にズルいだけのコドモのやり口である。

 だいたい彼ら韓国人は僕たちの何に対して「過去の歴史」の精算をさせようと考えているのだろうか。かつてわが国を太平洋戦争へと導いた政府も軍部ももはや存在しない。精神的バックボーンであった明治憲法は破棄され、主権は天皇から国民に移った。日韓併合の当事者は僕たちの曽祖父や祖父の世代であり、歴史の教科書の中の住人たちである。われわれと彼らとは、殺人の時効数回分にも及ぶ、時間という壁に遠く隔てられた存在である。彼らと僕たちをつなぐものは何かといえば、それは結局のところ「民族」という概念でしかない。要するに韓国人たちは、日本民族に対して「無制限の貸し」があると考えているようだ。ところで、われわれが日本民族であるのと同様に、韓国人は朝鮮民族である。そして、なぜかあまり話題に上らないものの、北朝鮮を構成しているのもまた同じ朝鮮民族である。韓国人たちは、時間の壁に隔てられた日本民族の罪をことさら騒ぎ立てるくせに、どういうわけか38度線に隔てられた同じ朝鮮民族の罪に関しては、まったく無頓着である。北朝鮮が核兵器を開発して全世界を恫喝しようが、拉致事件を起こそうが覚醒剤を売りまくろうが偽札を乱発しようが、それを恥じ入るどころかまるで他人面、もしくは呆れたことに被害者面すらしている。じつに不思議な民族である、としかいいようがない。

 彼ら韓国人の不思議さは、たとえばこんなところにも現れている。安重根といえば、日本の初代総理大臣を務めた伊藤博文を暗殺した人物として有名であるが、なんと、かの国では国家英雄として祭っているのである。全世界の国々を見渡しても、現代史において他国の首脳を暗殺したテロリストを英雄視している国はほかにないだろう。いかに暗殺者の側に大義ありとして(実は大義など始めからない愚かな行為だった、というのが最近の定説だが)あたかも聖人のごとく奉りその行為を正当化しようと、テロリズムは所詮テロリズムであり文化国家なら到底容認しえないところだ。百歩譲って伊藤博文が万死に値する大罪人であったとしても、テロによってそれを排除しようとする発想は9.11を引き起こしたビンラディン一味と根底において何も変わらないということを、かの国の国民も少しは学習すべきだろう。こんな国の軍隊がイラクに軍隊を派遣して、アメリカの「テロとの戦争」を支援しているのだから自己矛盾もいいところだ。テロリスト安重根への盲目的崇拝と、歴史問題などにおける理不尽な反日感情とは表裏一体のものである、と僕には思えてならない。なるほど、自分たちが安重根を崇拝するように日本の首相が靖国を訪れ、東条英機らA級戦犯を崇め奉っていると思っているのなら、不安な気持ちになるのもわからないではない。しかし、繰り返して言うが、テロリストを崇拝している彼らの方が異常なのであって、靖国神社の合祀という考え方は、故人の思想・行動をそっくりそのまま是認するものではないということを何とか理解してもらいたいものだ。少なくとも、自分の尺度で他国の宗教観を測るようなまねは、文化国家ならすべきでないことくらいは認識して欲しい。

 われわれ日本人は、史上初の原子爆弾を投下され、一瞬にして数十万の無辜な人々を虐殺されようと、戦略爆撃の名を借りて、一晩に10万人以上もの犠牲を一般市民に出すような無差別爆撃をくらおうと(ちなみに二度の原子爆弾の投下と、昭和20年3月の東京大空襲が、一度の爆撃による犠牲者数の史上ワースト3である)それを実行したアメリカに対してそうした「無制限の貸し」を作ったとは考えない。あちらの説では、安保体制の「核の傘」によって日本が守られていたために、そうしたことは立場的に言いづらかったからだとされているが、そんなバカな話はないだろう(そういう彼ら自身、日本から「おんぶにだっこ」の経済援助を受けながらも、言いたいことはしっかり言っているじゃないの^^;)たとえそうした事情がまったくなくても、やはり日本人はアメリカに対して、いつまでも被害者意識を持つことはなかったと思われる。なぜかといえば、そうしたほうが結局は万事うまくいくという、理性的な判断ができるからだ。こうした「水に流す」という発想は、長らく戦乱の時代を過ごしてきた日本人の、いわば生活の知恵とでもいうべきものかも知れない。

 かの国のヒステリックな対応はいまだに続いており、ついに大統領までがこれまでの日韓関係を見直す、と宣言する始末。もちろん、そうしなければことが収まらないと「大人の判断」を下したのだろうが、親日的であった朴正煕の流れを汲む、野党ハンナラ党に対する牽制という見方もある。とりあえず日本批判をしていれば、支持率は安泰というわけだ。姉妹都市の関係を解消する動きもまだおさまっていない。しかしその一方で慶尚北道金泉市のように「これまで通り交流を続ける」意思を明らかにした自治体もあり、みんながみんなヒステリックになっているわけでもないようだ。残念ながらこうした「理性的行動」に関する報道はわずかだが、声の大きな者の意見だけがすべてではないことを、ちゃんと伝える努力をするマスコミもあるのだ。

 日韓両国は、過去のいきさつもありなかなか胸襟を開いての交流は難しいかも知れない。しかしいま、せっかくの韓流ブームが盛り上がっているさなか、ブームをブームで終わらせないためにもお互い大人になり、無意味な敵愾心や被害者意識はひとまず脇に置いて、議論すべきことはしっかりと議論すべきではないだろうか。一つだけ確かなのは、ヒステリックなコドモの反応からは何事も生み出せない、ということなのだから。

 その2、LF戦争

 最近のテレビニュースネタで面白いのは、やはり何といってもライブドアによるフジサンケイグループの乗っ取り騒動であろう。日替わりで新たな登場人物が現れ、視聴者を飽きさせない。今日(2005年3月26日)はとうとうあの孫正義氏までが登場してきた。ITバブルネタなのでいずれ登場するものと思ってはいたが、意外に早い御出馬である。

 話は2月初め、ホリエモンこと堀江貴文氏率いるライブドアが突然ニッポン放送株を大量に買い進め、一気に大株主に躍り出たことから始まる。その少し前、フジサンケイグループでは、企業規模では遥かに小さいニッポン放送がフジテレビの親会社になっている「ねじれ現象」をただすため、ニッポン放送株のTOB(株式公開買い付け)をおこなっていたのだが、その間隙を突く形で突然ライブドアが株の大量買い付けをおこなったのだ。この時の取引きはいわゆる時間外取引きであり、実際にはアメリカの投資会社、サウスイースタン・アセットマネージメント社や日本のMACアセットマネジメント(通称・村上ファンド)との間の違法な相対取引きではないかといわれているが、現在のところ確たる証拠はない。いずれにしろ灰色どころか限りなく黒に近い株取得によって大株主に躍り出たホリエモン氏、企業グループとしてフジサンケイグループがいかに魅力的であるかを力説し(あそこ=ニッポン放送=にはテレビ局、新聞社、出版社がワンセットでぶら下がっている云々)グループそのものの乗っ取りの意志を明白にしたあげく、「詰め将棋でいえばすでに詰んでいる」と、勝利宣言ともとれる発言を繰り返していた。

 このホリエモン氏、アントレプレーナーとしては有名な人物で、東大在学中から頭角を現し、数々の吸収合併を経て現在のライブドアに至っているわけだが、テレビなどでかいま見える講演会での発言を聞くと、どうも普通とはちょっと違った倫理観の持ち主のようである。こうした空前のITバブルに乗った人物としてまず最初に思い浮かぶのは、アメリカ・オンライン(AOL)の会長として辣腕を振るい、やがてはタイムワーナーグループまでも傘下に入れてしまったスティーブ・ケース氏である。ネットバブルが堅調なうちはケース氏の鼻息も荒かったのだが、やがてバブルは崩壊し、AOLタイムワーナーは数10億ドルにおよぶ損失を出してしまう。責任を問われ、会社を追われることになったケース氏は後になって「私は9万人もの従業員を抱える企業の会長としてふさわしい人間ではなかった」と反省しきりである。企業規模としては遥かに小さなAOLに吸収された形のタイムワーナー側は、当然ながら面白いわけがなく、AOLに対してことごとく非協力的であったといわれる。社内のこうした不協和音は業績にも響き、折からのネットバブル崩壊も相まって巨額の損失を計上してしまったわけだ。

 ネット環境の整備がアメリカより数年遅れた日本は、今がITバブルのさなかにある(アメリカに引っ張られた形の2000年の「ネットバブル崩壊」などは、今にしてみれば一時的減速に過ぎなかった。当時株価の暴落が取りざたされたソフトバンクの現在の隆盛は言うに及ばず、あの光通信ですら復活を遂げている)バブル経済のまっただ中にあるとき誰もそれがバブルだと考えなかったように、日本のITバブル紳士たちも、現在の右肩上がり状況が永遠に続くと思っているようだ。少なくともホリエモン氏は間違い無くそう思っている。だからこそ多少の損失は「想定の範囲内」として、リーマン・ブラザースみたいなヤバいところから資金調達を続けられるわけだ。しかし、当たり前の話だがどんなバブルもいずれは崩壊するのである。あるいはホリエモン氏も薄々その可能性に感づいているのかもしれない。しかし、暗い将来については考えたがらないのが日本人の特質でもある。冷静に考えれば勝てるはずのない太平洋戦争にも、同じメンタリティで突入してしまった。「失敗してもゼロにしかならない」「個人保証をしていても、破産をすればいい」というのが持論のホリエモン氏である。彼にもまた、まごうかたなきニッポン人の血が流れているのだ。

 そうした過剰なポジティブさはある意味長所でもあるわけで、そのこと自体を批判するつもりはない。問題なのは、ケース氏同様の、いや、たぶんそれ以上の欠点に彼自身が気付いていないことである。要するに、まったく自分が見えていないのだ。どう考えてもズルをしたとしか思えないやり方で筆頭株主になっても、誰も敬意をもって自分を見てくれないということに、なぜ気付かないのか。たぶん「坊やだから」なんだろうけど^^;

 彼がマルクス主義的な労使観を持っているのか(それだけはあり得ないか^^;)逆に単純なテーラリズムの信奉者なのかは判らないが、いずれにしろ労使間の問題を深く考えるいとまもなく企業主になってしまった感はある。でなければ、未来の社員たちの不興を買うのは確実な数々の発言を平気でできるはずがない。今頃になってニッポン放送の社員たちを「様」づけで呼んだりしているが、遅きに失したもいいところだろう。吸収前からすでにケース氏と同じ失敗を犯してしまっているのだ。もちろん、「テレビを殺す」「マスコミは不要になる」といったそれらの発言は、きっちり解説をされればそれほど突飛な発想ではないことが判るのだが、大人なら言葉の持つインパクトについてもう少し考慮しないと、入り口のところで客に逃げられてしまう。誤解が誤解のまま終わってしまうのだ。

 正直言って僕はホリエモン氏のような人物が嫌いではない(あまりに価値観が違いすぎて、オトモダチにはなりたくないけど^^;)硬直したオトナ社会に風穴を開けるためにも、ぜひ頑張ってもらいたいとさえ思っている。それだけに、あのコドモっぽさだけはなんとかならんのかと、苦言を呈したくなってしまうのだ('05.03.27 記)

 追記====このコラムを書いてほぼ10ヶ月後の2006年1月、突如としてライブドアに東京地検の手が入った。現時点では今後どうなるのか定かではないが、これまでのこうした経済事件の結末をみると、どうやらホリエモン氏、進退窮まってしまったようである。もう少し頑張ってオトナ社会を引っかき回して欲しかったところだが、明らかになったやり口などを見ていると、それほど周到な計画性もなく、いずれにしろ彼らに未来はなかったのかもしれない。もう「詰んで」しまっていたのはほかならぬホリエモン氏自身だったというわけだ。

 楽天的なホリエモン氏のことだから、ほとぼりが冷めればいずれ、などと考えているのかも知れないが、「失敗してもゼロにしかならない」「個人保証をしていても、破産をすればいい」というもちまえの超楽観論が真実だったか否か、これからの時間が証明してくれるだろう。少なくとも、こうした経済事件でお縄になった方たちの中で、ふたたび華々しく復活を遂げた人はいない。政治の世界に比べれば、経済界はまだまだ「クリーンであること」が信用度の大きな尺度になっている、ということだろう('06.01.21 記)

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