“We Got Him”

 あのサダムがついに捕まった。個人的には第一撃の攻撃で死んでいたのではないかと思っていたので、ちょっとした驚きだった。たとえあの時に死ななくても、たぶん生きて捕まることはないだろうと思っていた。しかし、サダムはスパイダー・ホール(地グモの穴=軍事用語で、日本語にすればタコ壺に相当する)に惨めったらしい姿で隠れていたところを、さしたる抵抗もできずに逮捕されたのだ。使うあてもない大金を手に、狭い隠れ部屋で発見された様子は、誰しもがオウム真理教の麻原尊師を思い浮かべたことだろう。

 米軍がなぜ彼を生かしたまま捕まえたのか、その狙いは明確である。死ねば彼は殉教者となり、イラクの混乱はそう簡単には収束しない。しかし、今回のような惨めな姿で身柄を確保されれば、以前のカリスマ性溢れるイメージは地に落ち、権力に固執した老人のナマの姿があらわになる。熱心な彼の支持者たちも、そんな彼の姿に幻滅し、彼のために死を賭してまで働く気にはなれなくなるだろう、という計算なのだろう。支持者たちはやはり彼のそんな姿を信じられないらしく、フセインの娘などは、彼が薬物を投与されたに違いないと考えている。

 よほど嬉しかったのか、サダムの身柄が確保された直後に、アメリカ国防総省のホームページには左上のような画像が掲載された。確かに、サダムの身柄確保は今回のイラク戦争の、ひとつのターニング・ポイントといえるだろう。少なくともこれでフセイン政権の復活という可能性だけは、完全になくなったと見ていい。

 しかし、それではイラクにどのような未来が用意されているのか、というと、未だにその姿は見えてこない。たびたびいわれてきたように、イラクの混乱はなにもフセイン支持者だけが起こしているわけではないからだ。事情はアフガニスタンによく似ている。日本でいえば戦国時代である。サダムの強権政治により、かろうじて保たれていた統一国家の箍が、彼の失脚とともに外れたのだ。南のシーア派、スンニ・トライアングルのスンニ派、そして北部のクルド人、騒乱のタネは何一つなくなっていない。おまけにあのビンラディンが、アルカイダの本拠地をアフガンからイラクに移すともいわれている。アメリカ軍は、以前のフセイン政権のような強権でイラクに秩序を復活させるつもりなのだろうか。それがかつてのベトナムや、ソ連にとってのアフガンと同じだということに、いつになったらブッシュは気づくのだろうか。

 ところでこの先サダムはどうなるのだろう。ブッシュは「イラク人による特別法廷に外国の司法関係者も加えるなど、国際的な評価に堪えるものにする」として、基本的に弾圧の直接的被害者であったイラク人の手によって裁かれることがふさわしい、という考えを明らかにした。もっとも、そうはいいながらも後のインタビューでは極刑がふさわしいことを示してはいたようだ。一方、国連のアナン事務総長は明確に「死刑を支持しない」と発言しており(そもそも、現代において死刑制度が存続している先進国は、アメリカと日本くらいのものだ)サダムが生き延びる可能性も、けして低くはない。それに、もしサダムを死刑に処すとしても、その根拠となる法体系自体、実はイラクには存在しない。今後もしイラクに死刑を含む現代的法体系ができたとしても、法律にはその施行以前に遡って適用することができない、という大原則があるので、どのみち新しい法律ではサダムを裁くことはできないのだ。

 今のところ考えられるのは、国際法にのっとって「人類に対する犯罪を犯した」サダムを裁く、というやり方である。しかし、国際法はすべてが成文法というわけではなく、また、刑法のように何々という犯罪は懲役何年、と決まっているわけでもない。たとえば代表的国際法である国連憲章には、罰則は含まれていない。これら国際法においてはたしてサダムを死刑に処すことができるのか、多いに疑問である。

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 ところで、来年(2004年)2月には陸上自衛隊がイラクに派遣(自衛官は少なくとも日本の法律では「兵士」ではないのだから、実態はどうあれ「派兵」はおかしい)されることが正式に決まった。航空自衛隊の先遣隊はそれより前、1月なかばにはバグダッドに入ることになるらしい。任務は、イラク戦争の後処理ではなくあくまでも人道復興支援ということだが、来られる側としてはもちろんそんなことは名目でしかなく、実態はアメリカ軍の作戦を補佐するため、と受け取るであろうことは間違いない。

 個人的には、ボタンの掛け違いから始まった戦争の後処理に行くことになんの意義があるのだろう、と思うのだが、すでにイラクには30カ国を越える国々の軍隊が入り、戦後処理を行っている。今回もまた湾岸戦争当時同様にカネだけ出して人は出さない、というのでは、確かに日本の国際的な立場はさらに悪くなるに違いない。国連常任理事国となることは、日本の悲願なのだそうだが(誰が言っているのだろう)そのためにはやはりカネだけではなく、人も出さないわけには行かない、ということなのだろう。

 テロリストは少ない資金と人材で超大国を相手に戦わなくてはならないから、まさに悪魔のように狡猾である。目的のためには手段を選ばないし、そのための犠牲がどれだけ出ようとも厭わない。そんな彼らにとって、心理作戦は得意中の得意である。日本が自衛隊を派遣するとなれば、「東京の心臓部を攻撃するのはたやすいことだ」と言って人心の撹乱にかかる。かつてのように、街のそこここでイラン系やアラブ系の人たちに出会う、ということは少なくなったが、それでも彼らはさほど珍しい存在ではない。たとえその中にアルカイダのメンバーが混じっていようと、完璧に偽装した彼らの正体に、公安警察が気づくことは難しいだろう。つまり、テロが実行される可能性はけして少なくはない、ということだ。そしてもし、実際に起こってしまったとき、それでもわれらがコイズミさんは、自衛隊の駐留を続けるだけの決意があるのだろうか。というよりわが日本国民は、そんな政府を認知し続けていられるのだろうか。残念ながら、現状でははなはだ心もとない、と言わざるを得ない('03.12.17 記)

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