奇妙な戦争

 3月20日の開戦から三週間目の4月9日、米英軍はとうとうイラクの首都バグダッドへ侵攻し、やすやすと制圧してしまった。当初危惧されていた長期戦への予測ははずれ、イラク側も散発的な反撃はするものの、組織だった行動はついに見られず、圧倒的な米英の物量に押しつぶされた格好だ。二日後の4月11日、ホワイトハウスのフライシャー報道官は、とうとうイラクのフセイン政権を打倒した、と言明した。

 思えば、端緒から奇妙なことばかり目に付く戦争だった。イラクに突き付けられた最後通牒により、ほぼ確実に3月20日には空爆が始まることが判っていたのに、なぜかイラク側は灯火管制もせず、現地からのテレビ中継ではつねに街灯がこうこうと灯っていた。12年前の湾岸戦争のときには、厳重な灯火管制のもと、暗視カメラの画像に浮かび上がる対空砲火が印象的だったが、今回はまったく普通の都市の夜景に、突如として爆撃が開始された印象だ。これにいったいどういう意図があったのか、いまだに判らない。敵はどうせ精密誘導爆弾を使ってくるのだから、灯火管制などしたところで無駄だ、とでも思ったのだろうか。しかし昼にはわざわざ重油に火をつけ、黒煙で地上の視界を悪くしようなどとしていたくらいだから、どう考えても矛盾している。

 開戦二日後に地上部隊が作戦を開始し、イラク軍の組織だった抵抗がないことも相まって、あれよあれよという間に内陸へと侵攻してしまう。あまりの無抵抗さに、さては敵の補給線を延ばし、そこを横から突いて兵糧攻めにする作戦かとも思われたが、散発的な攻撃による被害は多少出たものの、特に補給線を分断されることもなく米英軍はバグダッドを包囲する体勢を固めてしまう。

 たしかに当初から制空権がなく、米軍機が縦横に飛行する環境のもとで防衛に当たらなければならないイラク軍には苦戦が予想された。ヤーボ(戦闘爆撃機)は第二次大戦の昔から、地上部隊の天敵だからだ。しかし、たとえば開戦直後には数十年ぶりといわれる大規模な砂嵐が吹き荒れ、航空機がほとんど飛べない時期もあったのだから、うまく利用すればイラク側にも戦局を有利に展開するチャンスはあったはずだ。しかし、後になってみるとイラク側がこの砂嵐を有効に利用した形跡はほとんどない。

 結局米英軍は開戦二週間ほどでバグダッド郊外のサダム国際空港を占領し、ここで戦いの帰趨はほぼ決してしまう。噂されていた生物化学兵器を使用するならここしかない、というような場面でも、イラク軍はとうとうそれらを使用することはなく、米英軍は空港を起点にしていよいよバグダッドの市街へと侵攻を開始する。

 当初もっとも恐れられていたのは、イラク軍、特に精鋭部隊と呼ばれる共和国防衛隊やサダム・フェダイーンのような民兵組織が、市民を盾にして挑んでくる市街戦だったのだが、蓋を開けてみると、バグダッド市街においてもやはりイラク軍の抵抗は散発的かつ少数で、そこには「何がなんでも首都を死守する」といった気概は感じられなかった。米軍侵攻時、フランスのテレビ局がイラク軍側に同行取材を行っており、米軍に蹴散らされたイラク兵をやられる側から撮影したのだが、それを見る限りでは、武器類はRPG-7などそれなりのものを所持していたものの、すっかり浮き足立ってまったくものの役にはたちそうになかった。兵士たちの年令も、見るからに少年っぽく(だいたいアラブ人は年齢より老けて見えるものだが)あるいは二十歳にも達していないのかも知れない。それでもしっかりした指揮官がいて、彼らを適当な位置に配置しておけば、米英軍にそれなりの被害を与えることはできたと思うのだが。

 このように徹頭徹尾混乱し切っていたイラク軍だが、その原因はいったいなんだろう。

 ひょっとしたらやはりサダム・フセインは開戦当日の第一撃で死亡していたのかも知れない。大統領宮殿地下のシェルターを設計したと自称するドイツ人技師は、核攻撃にも耐えられる設計だと豪語したが、核兵器の直撃に耐えられる素材はこの世にない。その強度はあくまで至近距離なら耐えられる、といった程度のもので、それも、反復攻撃されればまったく保証の限りではなくなる。地下貫通弾にしても同様のことは言え、単発なら確かに防御し得るかも知れないが、反復攻撃、しかも爆発深度を数段階にわけて使用されれば、いかに強固なシェルターでも破壊されてしまう可能性は大きい。この時政権の中枢の多くが死亡、あるいは重傷を負ったりしていたら、確かにその後の不可解な戦略もわからなくはない。

 開戦後もフセイン大統領と称する人物の映像は何度か登場しているが、いずれも撮影時期が定かではなかったり、そもそも写っている当人がフセイン本人かも判らないくらいなので、これが生存の証になるとは到底いえない。演説下手とされるフセインは、そのための影武者すら用意していたというから、声紋分析をしたところであまり意味はないだろう。

 また、数千人といわれる米軍特殊部隊が正規軍に先立ってバグダッドに潜入していたといわれるが、彼らの果たした役割もよく判っていない。せいぜい、レーザー誘導爆弾のためのレーザー照射を行っていたらしいことくらいしか想定されていないが、それに数千人も必要とは思えず、やはりなんらかの「汚い」作戦に手を染めていたのかも知れない。とにかく今回の戦争ほど「情報」がものをいう戦いはかつてなかった。開戦当初から中盤にわたって、アジズ副首相をはじめ数人の幹部の死亡説がくり返し流されたのも、その伝わり方を解析して要人たちの所在を突き止める作戦だったというし、本人が否定するために登場していたあたりは、米英軍が仕掛けた情報戦にまんまと引っ掛かったのが如実に判って、ちょっと気の毒なくらいだった。それ以外にも例えば徹底的な電話盗聴などで、政権や軍に関する情報を大量に得ていた可能性は大きい。また、大量の偽情報を流し、イラク側の情報網を混乱させて命令系統を破壊してしまったとも考えられる。

 米英軍に制圧されたバグダッドではお定まりのように、昨日まで「サダム万歳」を唱えていた民衆が今度は「アメリカ万歳、ブッシュ万歳」と、手のひらを返したように歓迎の姿勢を見せている。もちろん民衆のこうした豹変ぶりは、生きていくための知恵であり、僕たち自身ほんの50年ほど前には、同じように征服者たる米軍を迎え入れたのだ。

 もちろん、それだからといって空爆により肉親を殺された市民たちの恨みが消えることはない。われわれ日本人が当たり前のように受け入れた「すべては戦争が悪いのだ」という空手形のような概念を、イラク人が受け入れるとも思えない。彼らの恨みは自爆攻撃という形をとって、これからも米英軍を、いや、背後にいるアメリカ、イギリスなどの西側国家や米英軍を支援した中東の親米国家を苦しめることになるだろう。

 さて、ここまでほとんどまともな戦いをしないまま後退を続けてきたイラクの最精鋭部隊である特別共和国防衛隊などは、この先いったいどうするのだろう。一説によれば、サダム・フセインの出身地であるティクリット市にたてこもり、米英軍相手に最後の決戦を挑む、とのことなのだが、これは作戦としては具の骨頂だろうと思う。ティクリットは外国人に対して封鎖された都市であり、マスコミも入っていない。市民の数も少なく、それらのほとんどは戦闘要員かも知れない。こういう状況は、むしろ米英軍が得意とする掃討作戦に向いている。かなり無茶なことをやってもマスコミがいないから、国際世論に叩かれる心配もないし、無抵抗に見える市街地より「要塞都市」の方が破壊する大義名分があるだけ、大手を振って壊せるのだ。こんなことを書いている間にも、ティクリットの市内には相当数の米英軍特種部隊が潜入し、侵攻のための下準備を着々と行っているのかも知れない。

 かつての朝鮮戦争で、アメリカ軍は2万人といわれる戦死者を出した。続くベトナム戦争でも、やはりそれに匹敵する兵士たちが戦場の露と消えている。しかし、今回の戦争では、開戦後、バグダッド陥落までの戦死者はわずかに101人。この人数は、「砂漠の盾」作戦の死者とほぼ同数である。「砂漠の盾」作戦は後の「砂漠の嵐」作戦の前段階で、ただ湾岸諸国の基地に展開するだけのものだった。その時の事故による死者数と、今回の戦死者がほぼ同数なのである。これをどう見るか。すくなくとも、戦死者が減った分だけ人間が賢くなったわけではないことだけは確かなようだ('03.04.12 記)

 付記====その後、最終防衛都市であったはずのティクリット市もバグダッド同様あっさりと陥落し、イラク全土は開戦後ほぼ一ヶ月で米英軍に完全制圧された。米軍はフセイン政権の要人55人のリストをトランプになぞらえ、カードにして配ったが、副首相アジズ氏をはじめ12人の身柄がすでに確保されているという。

 ここまでの経緯を見る限り、ブッシュおよびネオ・コン一派の判断は正しかったように見える。すくなくとも、彼らの目論見通り、サダム・フセインを短期間のうちに権力の座から追放することには成功した。しかし、この後のことを考えるとまだまだ先は長そうだ。現在の権力の空白をいかに埋めるか、みんなが納得するような処方箋は誰にも書けそうもないし、北の方ではクルド民族が、そして南ではシーア派が不穏な動きを見せている。特に、イスラム教シーア派は、フセイン政権下ではスンニ派に弾圧され続けてきたが、もともとイラクでは多数派であり、また、隣国イランとも同じ宗派である。以前触れたトム・クランシーの「合衆国崩壊」では、サダム・フセインが暗殺され、シーア派のクーデターによりイランと合併して「イスラム連合共和国」となり、アメリカに細菌戦を挑むのだが、まさかいきなり合併はないにしろ、真に民主的な選挙が行われたら、シーア派による反米的な政権が誕生することは十分あり得る。

 それ以外にも、悪の枢軸への次なる一手としてシリアへの風当たりが強くなっているようだし、開戦に反対したドイツ、フランス、ロシアとの関係や、無力さをさらけだしてしまった国連の存在意義をいかにして復活させるかなどなど、やらなければならないことは山積している。昨年のアフガニスタン、今年のイラクと、米軍の駐留も当分の間は続けなくてはならないし、いかに巨大な軍事力を誇る米軍でも、いささか手に余る事態だろう。パウエル国務長官は、シリアを始めとしていかなる国へも現在のところ具体的な攻撃計画はない、と言明しているが、たしかにこの状況では、当分の間新たな軍事行動は難しいかも知れない。

 ところが、まさかそれを見越してではあるまいが、この度ようやく実現した米中朝三国交渉において、ついに北朝鮮は核兵器の保有を言明した。表向き米国は「以前から判っていたこと」として冷静に受け止めているようだが、その実、対北朝鮮ドクトリンは大幅な変更を余儀無くされているようだ。ある意味では、イラクの時のような軽率な軍事行動が不可能になった分だけ、かえって戦争は遠のいたと言えなくもないが、その分、一朝ことがおこったらイラクとは比較にならない悲惨な事態が巻き起こるのも確実になってしまった。そういう事態をさけるだけの分別が、将軍様と戦争好き大統領の双方にあると期待するしかないのが、両国の間に位置する我が国の立場なのである。あ〜〜あ^^;('03.04.26 加筆)

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