究極の選択

 まったく予想通りに小泉総理は田中真紀子外相を更迭し、その支持率を大幅に下落させてしまった。彼がこれまで大胆な「構造改革」を口にできたのは、けた外れな支持率というバックがあったからで、ひとたびその呪文が消え失せたら、ただ党内基盤の弱い党人に過ぎない。改革どころか、何かひとつ決定を下すにもいちいち「抵抗勢力」の顔色をうかがわなければ、動きがとれなくなってしまった。情けない話だが、それが自民党という政党の限界だろう。党内改革の実状など、こんなものだ。

 そもそも、まったく不向きである外務大臣などという要職に、田中真紀子のごときお調子者を就けるという暴挙をやってのけた瞬間から、小泉という男、なにを考えているのだろう、と僕は考え込んでしまった。田中は父親譲りの弁舌のうまさで、大衆的人気を得ることには長けている。しかし、故小渕首相に対する「お陀仏」発言でも判るとおり、基本的に彼女は深くものを考えず、その場の雰囲気でアドリブ的に発言してしまう癖がある。重要な場面で、不用意な発言をしてしまう危険性は、常について回っていた。外務大臣などという、発言のひとつひとつに熟慮を求められる役職にはまったく不向きな人材なのだ。そんな彼女がいきなり馬脚を現したのが、例の同時多発テロ直後、アメリカ議会の臨時避難先を、こともあろうに記者団にぺろっとしゃべってしまった事件である。状況が状況なだけに、当然ながらそんなことは極秘事項であろう。この情報は、単に、緊急時の連絡のために各国の代表者のみに通告したものだと思われる。それを彼女はなにを思ったか、TVの生中継も来ている中でしゃべってしまった。ひょっとしたら、いや、たぶん事件直後の大混乱で、「極秘」であるという扱いになっていなかったのかも知れないが、常識的に考えて、公表すべき内容であるか否かは明白であろう。敵がまだどこに潜んでいるか判らない状況で、わざわざ要人たちが集まる場所を公表するなど、囮として使う意図でもなければあり得ない話だ。その辺のことにまったく留意せず、あっさり場所をあかしてしまった田中の「国際感覚」が、どの程度のものかはおのずと明らかだろう。どう考えても外務大臣の器ではない。

 小泉もそれほどのバカではないから、まったくの報償人事で田中に外務大臣のポストを与えたのではないかも知れない。その前から外務省の腐敗は看過できない状態に至っており、誰かが憎まれ役を買って出て、大胆な外科手術をやる必要があった。そのためには無派閥で、省内の人間となんの利害関係もない田中のような人物は、まさに打ってつけだった。しかし、田中の「改革」はどうも悪い意味で「女性的」で、つまらないことで官僚との衝突を繰り返したあげく、本来なら内部の協力者として使うべきであった人材までも敵に回し、外務省VS田中真紀子という構図を結果的に作り上げてしまった。どういうわけか長野県知事におさまっている(未だに僕にはなぜ「長野県」なのか、理解できない)田中康夫は、田中真紀子をして「女の子」と言ってのけたが、ある意味本質を見抜いた発言かも知れない。

 小泉の意図通りかどうかは判らないが、田中は外務省内部をひっちゃかめっちゃかかき回し、かなりの膿を出すことには成功した。しかしながら、内閣との不透明な関係までもが浮き出てしまい、少々藪蛇といった結果でもあったようだ。その一方で、同時多発テロ以降の激動する国際情勢に外務省はまったくついていけず、内閣自体が外務省の役割を肩代わりするようになる。この件に関して、田中の責任を問う声もあったが、それはちょっとおかしいだろう。小泉が田中を外務省に送り込んだ意図が、大胆な外科手術を行うためだとしたら、少なくとも手術中は、省として万全に機能することを期待するのは無理がある。人間だって、入院したり手術をしたりするときは、仕事を休む。責任ある立場の人間の首が飛んだら、その代役に100パーセント前任者同然の仕事が出来ることを期待する方がバカだ。従って、田中に責任あり、とするなら、ほぼ同じかそれ以上の責任が小泉にはある、と僕は思う。

 さて、田中の首が飛んだのは、アフガニスタン支援のための国際会議に、あるNGO団体の代表者を呼ぶか呼ばないかに関して、鈴木宗男というミニ田中角栄のような人物と衝突したのがきっかけだ。この騒ぎの収拾のため「喧嘩両成敗」という形で更迭されたのだ。田中がいずれ更迭されるのは時間の問題だろう、とは誰もが見ていたが、なにしろ高い人気を保持したままの田中は、よほどのことがない限り、切ることが出来ない。この件以前に小泉の腹は決まっていたのだろうが、この「喧嘩両成敗」という決定、その後の動きを見る限り、この時ばかりは田中の言い分に分があったと思われるだけに、大失敗であったと思う。もちろん更迭する時期が問題なのであって、事件そのものは別に何であってもかまわなかったのだろうが、このことは党人としての小泉の限界を国民に見せつけ、支持率を一気に30パーセント近くも下げてしまった。50パーセントを超える支持率など、浮動票みたいなものでまったく当てにならないものではあるが、下落率30パーセントという数字はやはり無視してはならないだろう。発足当時のぴかぴかな金メッキが脆くも剥げ、結局以前の自民党政権と何も変わらない、とばれてしまった以上、小泉の「改革」はほぼ頓挫したとみていい。構造改革は失敗し、不良債権は肥大し続け、財政赤字は今後も雪だるま式に増え続けるだろう。もちろん景気が浮揚する、などという幻想を抱くことすら大衆には許されず、デフレゃ円安もとどまるところを知らずに進行するだろう。その行き着くさきは・・・「新世紀日米大戦」の世界そのままである。

 まだ国民の懐には1.400兆円もの預金があるから、日本経済はまだ大丈夫、という考え方もある。確かに短期的には大丈夫だろうが、今の「お金」の正体とは一体何か、よく考えてみて欲しい。かつてお金は「金」の名の通り、絶対的価値の尺度であった金との交換を前提にした兌換紙幣であった。しかし、そうした金本位制はちょっと考えれば判るように、経済規模そのものが金の総保有量によって決められてしまい、そこには経済成長といった概念がない。そこでお金から金による価値の保証を取り去ったのが、現在の制度である。おかげで経済の規模はかつてとは比べものにならないほど膨らんだ。しかし、では金に代わってお金の価値を保証しているものは、一体何なのだろう。一言で言えば、それは「信用」である。これは、言い換えれば、実態のない幻想である。本格的に経済が崩壊すれば、第一次大戦後のドイツのように超インフレが襲い、貨幣価値など何万分の一に下がってしまうことだってあり得る。そうならないためには、やはり貯め込んだお金を世間に流通させ、無理なように見える「改革」を実現させる以外にない。もちろん小泉にまだそれが出来るというなら、やって見せてもらいたいものだが、では自由党や民主党にそれが出来るかと問われれば、う〜〜ん、とうならざるを得ない。この先まだ小泉を信頼して「構造改革」のお題目を信じる続けるのか、処理能力未知数の野党に政権を任せて、本当に構造改革と景気回復を両立させるというウルトラCを期待するのか、まさに究極の選択だろう('02.03.15 記)

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