殲滅のシナリオ

 悪夢のような、と形容するしかない同時多発テロから一ヶ月が過ぎ、いよいよアメリカはタリバンとウサマ・ビンラディンのテロ組織、アルカイダに対して空爆を開始した。あの湾岸戦争が準備に半年かかったことを思うと、驚くべき急展開である。ラマダン(断食月)が一ヶ月後に迫り、そのあとに続く厳しい冬を思えば、とりあえず戦闘に着手しておこうという判断だったのだろう。人権派の方々は例によって「暴力に暴力で報復していては、暴力の連鎖は断ち切れない」などと言って批判しているが、それは相手が理性を持ち、同じ価値観を共有するという前提に立って初めて言えることであって、「アメリカ人なら戦闘員、非戦闘員に関わらずすべて殺すのがイスラム教徒の義務である」などと公言する狂人に、ガンジー的無抵抗主義で接したところで相手を利する以外の何事ももたらさない。アメリカ人の感覚としては、彼らテロリストは駆除すべき害虫以外の何物でもないのだ。

 もちろん僕は、事件に対するアメリカ人の反応がすべて正しいなどとは思っていない。特に、サウジの王子が贈った見舞金を、パレスチナ問題に触れた一言が気に入らないと言って突き返したジュリアーニ市長の態度など、またか、といった感じである。たしかに時と場合をわきまえない台詞だったかも知れないが、現に、事件を知ったときのパレスチナ難民の喜びようといったらなかった。宿敵イスラエルの背後にいるアメリカのことを彼らがどう思っているのか、もっともよく判る映像である。それまでの努力を台無しにされたアラファトはさすがに意気消沈して、献血パフォーマンスなどしていたが、もはや民心は完全に彼から離れてしまったようだ。アメリカは、少なくとも、自分たちが肩入れしているイスラエルの現政権が、パレスチナ難民に対してどういう態度をとっているか、正確に知るべきだろう。重武装したイスラエル兵に石つぶてのみで立ち向かうインティファーダを行う若者たちの心情を、少しは思いやってもいいのではなかろうか。

 だからといってアルカイダのようなテロ組織を追求する手を、少しでも緩めるべきではないのはもちろんである。彼らはタリバンの陰に隠れ、反撃の機会を伺っている。スポークスマンは「旅客機と高層ビルに近づくな」などと警告しているが、わざわざ警備が厳重になっているところを再び攻撃するような愚はおかさないだろうから、あの台詞はおそらく陽動であろう。現在次々と起こりつつある炭疽菌騒動が、彼らの仕業であるかどうかはまだ判らないが、一ヶ月前の同時多発テロから比べるといかにも小規模だし、後に行う大規模テロへの予告としては、当局に準備する時間を与えるだけなので、あまり意味はない。何か全然別の、われわれが予想しないような方法で次なるテロを準備していると見る方が、妥当だと思う。旧ソ連から紛失したスーツケース型核爆弾をどこかで使うのではないか、という見方もあるが、そんなものを持っていたら最初に使うだろうし、その報復は間違いなく核を使って行われる。ビンラディンに自殺願望があるなら別だが(もちろんイスラム教では自殺は認められていない)世界を数十回滅ぼせるだけの核を保有する国に核攻撃を仕掛けるのは、自殺行為以外の何物でもない。

 もし次なるテロがアメリカを襲おうが襲うまいが、アメリカの戦法はさほど変わるまい。アメリカはまず最初に、タリバンの防空網と通信設備を破壊した。防空網はもちろん制空権を取り、後の行動をとりやすくするためだし、通信設備は通信網を攪乱すると同時に、無線を使わせ、それを傍受することで敵の動きや位置を把握するためだ。それからいよいよ本格的な対地攻撃に入る。一説によるとアメリカは、衛星写真により300前後の地下施設への出入り口を確認していると言われるが、そのすべてをひとつひとつ虱潰しにバンカーバスター爆弾で潰し、内部に潜む敵を殲滅し、施設を使用不能にすると思われる。それからタリバンの陸上戦力を殺ぐ作戦に突入するだろう。そういう任務は本来なら対戦車ヘリコプターが負うべきものだが、今のところまだアメリカ陸軍の対戦車ヘリ部隊は展開していないようだ。国防長官は「まだ完全に制空権はとれていない」と言明していたが、それはおそらく、肩持ち式の対空ミサイル「スティンガー」がまだ相当数残っているからだろう。対ソ戦時代にアメリカが供与したスティンガーは500発ほどあると言われ、低空を飛行するヘリコプターにとっては脅威である。もちろんブラックホールなど、赤外線放射対策の施されたアパッチは、スティンガーの攻撃に対してもかなりの確率で生き残ると思われるが、100パーセントではない。昔と比べて兵士の命の値段が遙かに高くなった現在、ノルマンディー上陸作戦のような無茶な作戦はもうとれないのだ。従って、地上部隊への攻撃はやはり攻撃機/爆撃機により高空から行われるだろう。ただし、その時に使用する兵器が何になるかは、再びアメリカを襲ったテロがどの程度の被害をもたらすかによって決まるだろう。もし再び前回同様の被害をもたらしたりすれば、通常爆弾が燃料気化爆弾に代わったりすることはあるかも知れない。特に山岳地帯などで通常爆弾による効果が望み薄の場合、半径7キロ四方の敵兵をひとり残らず殲滅できるBLU-82などを持ち出す可能性が考えられる。あまりに殺傷能力の高い兵器を使用することに対しては、国際世論を考慮して慎重になるだろうが、再び国民に犠牲者が出るようでは、躊躇しているいとまはないだろう。

 これを書いている現在、ニュースではアメリカ軍の攻撃目標がタリバンの陸軍第55師団になったといっている。これまでの地上施設から、はっきりと軍隊そのものになったわけだ。しかし、ピンポイントで人間を狙うことは出来ないから、やはり狙うのは兵舎などの設備と戦車などの移動目標であろう。特に兵舎など、タリバン側はそれを見越してアフガンの一般市民や、ODA活動のために訪れていて拘束された人たちを「人間の盾」として収容し、爆撃後に惨状をアピールしかねない。アメリカ軍の爆撃のあと「女、子供を含む一般市民が○○人死傷した」などといった宣伝を必ず彼らはするのだが、アルカイダが最初に攻撃した世界貿易センターで殺された6.000人にものぼる人たちは、そのすべてが一般市民なのである。もちろんそれはアメリカを含む西側へのアピールではなく、彼らに同情的なイスラム世界に向けたものだ。パキスタンやインドネシアでの反米感情の盛り上がりは、少なくとも一定の効果があったことを示しているのかも知れない。彼らにとってはたぶん6.000人の異教徒の命など、ものの数ではないのだろう。

 意外なことだが、開戦前想定された北部同盟とのはっきりとした共同作戦は、今のところまだ行われていない。北部同盟と対峙しているタリバン正規軍に対しても、本格的な爆撃を行ってはいないようだ。北部同盟側のスポークスマンによると、緊密に連絡は取り合っているようだが。あるいは、これから予想されるカブールへの総攻撃に向けて周辺の戦力を殺いでいるところなのかも知れないが、あまり明確なかたちで北部同盟に肩入れすると、タリバン崩壊後のアフガンに新政権を樹立する場合、かえって動きにくくなる、という計算があるのかも知れない。いまのところ国連主導で、パシュトゥーン人を含む各部族が参加する形で新政権を樹立する考えのようだが、そう簡単にタリバンが政権を放棄するとは思えず、また、パキスタンの政情不安とも相まって、先行きはまだ不透明である。それに、仮にアフガン領内のアルカイダを殲滅したとしても、世界イスラム戦線はその名の通り全世界に広がっており、これをひとつずつ潰していくのは、時間と根気が必要な作業になるだろう('01.10.16 記)

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