人生で一番つらいことは何かと問われれば、やはり愛するものとの別れであろう。なかでもとりわけつらいのが、ペットとの死別である。肉親との死別ももちろんつらいが、これはまだ遺族の間で悲しみを共有でき、互いに慰め合える分だけ救いがある。しかしペットとの死別の場合、ほとんどその悲しみは一人で背負わなければならない。人によってはそれが過度の精神的負担を招き、ペットロスと呼ばれる症状を呈することがある。
僕がそういう気持ちを曲がりなりにも理解できたのは、最初の猫ヒデヨシを失ったときである。それまでも小鳥や魚など、さまざまなペットを飼っては死なせてきたが、猫を死なせることはそれとは本質的に異なる「事件」だった。
「猫のページ」にも書いたように、ヒデは家に来た当初から病弱で、しょっちゅう獣医さんの世話になる虚弱猫だった。食も細く、一日の食事は普通の猫の半分程度だったと思う。もちろん体も小さく、ときどき顔や足に大きなおできを作ったりしていた。それだけ抵抗力もなかったのだろう。
飼い始めて二年目になる頃、目に見えて食欲が衰え、見る見る痩せてきた。どうやら口内炎を起こし、食べ物をうまく食べられないらしい。無理に食べさせても、すぐもどしてしまう。不思議なことに猫という動物は、便はちゃんとトイレでするのに、嘔吐に関しては場所を選ばない。一度ベッドの上でもどされたことがあって、さすがに頭に来てこっぴどくしかったが、それ以降、苦しくなるととぼとぼとトイレに行って吐くようになった。死んでしまったあと、あの姿がしばらく頭から離れなかった。
日に日に生命力を失い、最悪の事態も予想できる頃になってようやく僕は「死」を実感した。どう言ったらいいのだろう、自分のすわっている地面がじわじわと沈んでいくような、胸を締めつけられるような感じといえばいいのだろうか。もうどうやってもこいつを救うことが出来ないという、諦めに似た気分。あのいやな、何とも言いようのない気持ちはいまだに心のどこかに残っている。
二匹目のリリ子は十数年間元気に暮らしていたが、寄る年波でやはり抵抗力を失い、顎や唇を腫らすようになってしまった。どうも猫にとって口内炎は命取りになりかねない重病のようだ。ヒデのときの悲しい記憶があったので、粗相をしても叱ることなく優しく看病してやれたと思う。食べ物を摂れなくなってからは点滴で何とか命を繋ぎ、奇跡の快復を願ったがそれもかなわず、点滴を始めて三週間目で息を引き取った。
亡くなる日の朝、リリ子は不自由な体でトイレに起き、ちゃんと用を足して僕のところによろよろもどってきた。昔のように膝に跳び載ろうとしたが、もう体力がなく後ろ足は空しく宙を蹴るだけだった。見かねて抱き上げてやると、かすかにのどを鳴らした。その後いつものようにケースに入れ、獣医さんに連れていく。点滴には時間がかかるので、その間僕は朝食を摂りに近くのファミレスへ行った。家にもどると、留守電が点滅している。悪い予感はあたり、獣医さんからだった。駆けつけたとき、すでにリリ子は息を引き取ったあとだった。生きている最後の姿を見てから、一時間も経っていなかった。
今は元気なちこも、いずれは同じ運命をたどることだろう。そう思うとつらいが、彼らの命が人間に比べて遙かに短いのだから、やむを得ない。しかしどんなにつらい別れが待っていようとも、やはり猫たちが与えてくれた豊かな生活が雲散霧消してしまうわけではない。ヒデのダメ猫ぶりも、リリ子の賢猫ぶりもそれぞれに懐かしく、いい思い出だ('99.06.28 記)
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