| ボーイング X-20 ダイナソアは、第二時大戦中にドイツで研究されていた有人宇宙爆撃機のアイデアを、戦後アメリカが受け継いで発展させたもので、強力なブースターにより大気圏外に脱出したあと、大気圏外部をスキップしつつ地球の反対側まで飛行し、そこに核爆弾を投下して帰投するという(@_@)きわめて物騒なウエポンシステムとして計画されました。計画の立ち上げは50年代末で、60年代初頭にはモックアップも作られましたが、折からの宇宙開発ブームにより、このような機体によらずとも宇宙空間にペイロードを打ち上げることが可能になったため、1963年、計画は打ち切られました。 |
| キットは20年ほど前に、今は活動を休止しているガレージキットメーカー、ラクーンモデルズから発売されていたレジンキットで、今回別のキットを発掘していて偶然見つけ、一晩で組み上げてしまいました(^_^)なにしろパーツ数が取り外し式シールドも含めてたったの7個しかなく、パーツの合いもよかったので仮組みのつもりが本格的な組立てになってしまったのでした^^; |
|
|
| きわめて簡単な構造のキットではありますが、それでも実機(というかモックアップ)の雰囲気はなかなかよく掴んでおり、コクピットなどはオミットされているうえに、気泡のたぐいもほとんどなかったので組立ては非常に簡単でした。 |
|
|
| 50年代末から60年代というと、空軍では初の本格的ウエポンシステムとして構想されたセンチュリー・シリーズ各機が幅をきかせていたころで、そうした有人ウエポンシステムの究極の姿として、このダイナソア(恐竜のことではなく、ダイナミック・ソアリングの略。当時の人気歌手、ダイナ・ショアにかけていたのだそうです)も計画されていたのでしょう。なお、ブースターとしては当時最高性能のロケットであったタイタンIIIなどの三段式ロケットが考えられていました。 |
|
飛行中正面の窓は耐熱シールドで覆われており、着陸への最終段階ではじめて投棄するようになっていました。それまでの任務の大部分は、ふさがれていない横の窓から得られるわずかな視野と、自動操縦システムにたよって飛行する予定だったようです。 ところでキットにドリーは含まれていませんでしたが、本体だけドンと置いても殺風景なので、「世界の傑作樹No.67」に一枚だけ写真が載っていたドリーをスクラッチしてみました。素材はタミヤのプラ棒とプラ板、それからハセガワの1/72ジープのタイヤです。実際のドリーのタイヤはジープのようなオフロード仕様ではありませんでしたが、手元にちょうどいいタイヤがなかったのでやむなく流用しました^^; ちゃんと図面を引いたわけではない、現物合わせのいい加減なもので、しかも各部分の接着はすべて強引に瞬間でイモ付けしただけなので、重たいレジンキットを乗せると今にも壊れそうなほど撓みます(;o;) |
|
|