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映画批評
溝口健二の部屋
ここは世界の大作家であり、日本映画史上最高の作家である溝口健二を愛し
その作品について視覚的に語ってゆく部屋です。
溝口健二ベストテン
2006.9.1新設
私の見た溝口健二作品は31本で、従って対象は現存する全作品ではないのですが、これはその中での私的ベストテンです。溝口健二作品のレベルはそのどれもが視覚的に極めて高く、ここにあげました10本以外にも、例えば「愛怨峡」、「赤線地帯」、「名刀美女丸」、「元禄忠臣蔵」といった、、唸るしかない傑作の数々に満ち溢れていますので、そもそも「ベストテン」なるものの範疇に納まるような作家ではないのかも知れません。中でも「マリヤのお雪」「折鶴お千」といったサイレントの作品は、その画面の稀有な素晴らしさにただひたすら圧倒されてしまいます。私は映画史上の最高傑作は、ムルナウの信じ難き「サンライズ」(1927)ではないかと思っていますが、それに対抗できる作品を挙げろといわれれば、「マリヤのお雪」「折鶴お千」ないしはフリッツ・ラングの「スピオーネ」などがまず最初に挙がるのではないでしょうか。例えば溝口健二と双璧の小津安二郎のサイレント作品も素晴らしいレベルにありますが、しかし溝口健二の場合、世界でも当時、こういう撮り方をしていた作家が見当たらないというオリジナリティの凄さがあります。同時に信じ難き照明の、空間術の卓抜さ、演技の見事さ、カメラワークの驚き、、とても一言では書きつくせない、素晴らしい視覚の魔術の世界を溝口健二作品は構築しています。
我々はこれからこの「溝口健二の部屋」で、溝口健二の素晴らしさを視覚的に検証してゆきます。今回はひとまず大雑把なデーター集に留め、批評や論文を含めて、少しずつ充実したものにしてゆく予定です。
★赤字題名は現存するフィルム その他赤字は更新箇所です。キャメラマンの三木稔と三木滋人とは同一人物。三木茂は別人です。
製作 | キャメラマン | 脚本 | コメント | ||
1923年 | 愛に甦る日 | 日活向島 | 高坂利光 | 若山治。原作。 | 俳優日活連袂脱退前からの俳優を使った女形映画。新派。 稲垣浩が俳優として出演 |
故郷(ふるさと) | 日活向島 | 岩村友蔵 | 溝口健二原作 | 女形映画。小作争議を描き、検閲でカットされる | |
青春の夢路 | 日活向島 | 渡辺寛 | 溝口健二 | 初の女優起用。熱海ロケ。善悪の単純な対立の回避(新しい新派)。弁士を無視してサブ・タイトル、スポークン・タイトルを使い、会社は弁士の抗議を受ける | |
情炎の巷 | 日活向島 | 渡辺寛 高坂利光 | 溝口健二原作 | 女形映画。新派悲劇。前作が弁士の非難を受けたからか、女形を使った守旧的新派悲劇へ逆戻り。 | |
敗惨の唄は悲し | 日活向島 | 青島順一郎 | 溝口健二 | 女優映画。天活から日活へと移籍した青山順一郎と初めて組む。この作品で世に認められる | |
813 | 日活向島 | 高坂利光 | 田中総一郎 | 初の活劇・.原作はモーリス・ルブランのルパンもの。中国人役登場 | |
血と霊 | 日活向島 | 青島順一郎 | 溝口健二 | 日本初の本格的表現主義映画。過激な映画としてお蔵入り。封切は震災後の11月まで延ばされる | |
霧の港 | 日活向島 | 青島順一郎 | 田中総一郎 | ユージン・オニールの芝居の翻案。無字幕的構成。極めて高い評価を得る | |
夜 | 日活向島 | 青島順一郎 | 溝口健二 | 完成後、関東大震災発生。二編から成る、上流、下流、二層の夜の愛欲物語。新世界(現代山の手の上流階級の洋館が舞台)を描いた「美しき悪魔」は不評で、旧世界(場末の中華料理屋が舞台)を描いた「闇の囁き」は好評。 | |
廃墟の中 | 日活向島 | 高坂利光 | 溝口健二 | 関東大震災の焼跡で撮ったフィクション映画 | |
峠の唄 | 日活京都 | 高坂利光 | 溝口健二 | 11.9震災のため京都へ | |
1924年 | 哀しき白雉 | 日活京都 | 祝田昌平 | 高島達郎 | |
暁の死 | 日活京都 | 内田精一 | 伊藤松雄 | ||
現代の女王 | 日活京都 | 内田精一 | 村田実 | ||
女性は強し | 日活京都 | 内田精一 | 日活文芸部 | ||
塵境 | 日活京都 | 内田精一 | 田中総一郎 | 原作小山内薫 | |
七面鳥の行衛(ゆくえ) | 日活京都 | 内田精一 | 畑本秋一 | アメリカ探偵小説翻案の活劇・中国人・ロシア人登場 | |
さみだれ草紙 | 日活京都 | 内田精一 | 横山鉱寿 | ||
伊藤巡査の死 | 日活京都 | 内田斉 | |||
歓楽の女 | 日活京都 | 内田斉 | 畑本秋一 | ||
曲馬団の女王 | 日活京都 | 畑本秋一 | |||
1925年 | 無銭不戦 | 日活京都 | 内田精一 | 畑本秋一 | 原作岡本一平(岡本太郎の父)の漫画・中国人を差別的に描く |
噫特務艦関東 | 日活京都 | ||||
学窓を出でて | 日活京都 | 横田達之 | 溝口健二 | ||
大地は微笑む 第一篇 | 日活京都 | 横田達之 | 畑本秋一 | ||
白百合は嘆く | 日活京都 | 横田達之 | 清水龍之助 | ||
赫い夕陽に照らされて | 日活京都 | 横田達之 | 畑本秋一 | 中国人出演。撮影中、同居の女性に背中を刺され、降板、謹慎 | |
ふるさとの歌 | 日活関西教育部 | 横田達之 | 清水龍之助 | 現存する最古の作品 | |
小品映画集・街上のスケッチ | 日活新劇部 | 横田達之 | オムニバスの一編 | ||
人間・前後篇 | 日活新劇部 | 横田達之 | 畑本秋一 | イプセン「ペール・ギュント」の翻案。「雨月物語」のルーツとされる | |
乃木将軍と熊さん | 日活新劇部 | 気賀靖吾 | 畑本秋一 | ||
1926年 | 銅貨王 | 日活新劇部 | 伊佐山三郎 | 溝口健二 | アメリカ映画の連続活劇の翻案 |
紙人形春の囁き | 日活新劇部 | 横田達之 | 田中栄三 | 江戸、下町情話 | |
新説己が罪 | 日活新劇部 | 松沢又男 | 畑本秋一 | 新派 | |
狂恋の女師匠 | 日活新劇部 | 横田達之 | 川口松太郎 | ||
海国男児 | 日活現代劇 | 横田達之 | 武田晃 | アメリカ風アクション・ロマンス・コメディ | |
金 | 日活新劇部 | 横田達之 | 畑本秋一・武田晃 | 人情喜劇 | |
1927年 | 皇恩 | 日活現代劇部 | 横田達之 | 畑本秋一 | 忠君愛国映画 |
慈悲心鳥 | 日活現代劇部 | 横田達之 | 畑本秋一 | 原作菊池寛 | |
1928年 | 人の人生・人間万事金の巻 | 日活現代劇部 | 横田達之 | 畑本秋一 | 原作は岡本一平の漫画 |
人の人生・浮き世は辛いねの巻 | 日活現代劇部 | 横田達之 | 畑本秋一 | ||
人の人生・クマとトラ再会の巻 | 日活現代劇部 | 横田達之 | 畑本秋一 | ||
娘可愛いや | 日活現代劇部 | 横田達之 | 畑本秋一 | 原案溝口健二 | |
1929年 | 日本橋 | 日活現代劇部 | 横田達之 | 溝口健二・近藤経一 | ソ連モンタージュの影響「狂恋の女師匠」でフランスからのプリントの注文が契機となり、古来よりの美に対する愛着が強められた・ |
朝日は輝く | 日活現代劇部 | 横田達之 | 木村千疋男 | ||
東京行進曲 | 日活現代劇部 | 横田達之 | 木村千疋男 | この頃、作家の林房雄が溝口家に同居。林の感化でプロレタリアイデオロギーを身に着ける | |
都会交響曲 | 日活現代劇部 | 横田達之 | 畑本秋一・小林正 | 傾向映画・検閲により大幅削除。小型カメラで隠し撮り。 | |
1930年 | ふるさと | 日活ミナトトーキー | 横田達之 | 森岩雄・如月敏・畑本秋一 | トーキー第一作であり、日活にとっても初のトーキー(フィルム式パートトーキー) ★批評「藤原義江のふるさと」(1930)溝口健二 私は何を見たか ズルズルベッタリワールドへようこそ |
唐人お吉 | 日活現代映画 | 横田達之 | 畑本秋一 | この頃から長回しを使い始める。明治もの | |
1931年 | しかも彼等は行く・前後篇 | 日活現代映画 | 横田達之 | 畑本秋一 | 傾向映画 |
1932年 | 時の氏神 | 日活太秦 | 横田達之 | 畑本秋一 | 原作菊池寛・このあと日活を離れる・PCLトーキー |
満州国建国の黎明 | 入江プロ・中野プロ・新興キネマ | 青島順一郎 |
新興キネマ脚本部 | 国策映画。モデルは川島芳子。プドフキンのパロディと言われる |
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1933年 | 瀧の白糸 | 入江プロ | 三木茂 | 東坊城恭長・増田真二 | 原作泉鏡花。明治もの |
祇園祭 | 入江プロ | 三木稔 | 溝口健二 | カメラマン三木稔・美術の水谷浩の初参加。明治もの | |
1934年 | 神風連 | 新興キネマ | 三木稔 | 溝口健二 | 明治もの。美術の水谷浩と初めて組む。明治もの |
愛憎峠 | 日活多摩川 | 横田達之 | 川口松太郎・脚色高島達之助 | 明治もの・山田五十鈴と初めて組む | |
1935年 | 折鶴お千 | 第一映画 | 三木稔 | 高島達之助 | 原作泉鏡花 |
マリアのお雪 | 第一映画 | 三木稔 | 高島達之助 | 新派的・「脂肪の塊」の翻案・。明治もの。これ以降の作品はすべてトーキー | |
虞美人草 | 第一映画 | 三木稔 | 伊藤大輔・高柳春雄 | ||
1936年 | 浪華悲歌(なにわエレジー) | 第一映画 | 三木稔 | 依田義賢 | 原案溝口健二 |
祇園の姉妹(きょうだい) | 第一映画 | 三木稔 | 依田義賢 | 案溝口健二 | |
1937年 | 愛怨峡 | 新興キネマ | 三木稔 | 依田義賢・溝口健二 | |
1938年 | 露営の歌 | 新興キネマ | 青島順一郎 | 畑本秋一 | 国策映画 |
ああ故郷 | 新興キネマ | 青島順一郎 | 依田義賢 | ||
1939年 | 残菊物語 | 松竹京都 | 三木滋人・藤洋三 | 依田義賢 | 配光・中島末治郎・新派劇。明治もの。芸道もの |
1940年 | 浪花女 | 松竹京都 | 三木滋人 | 依田義賢 | 原案溝口健二・依田義賢。田中絹代と初めて組む。明治もの。芸道もの |
1941年 | 芸道一代男 | 松竹京都 | 杉山公平 | 依田義賢 | 明治もの。芸道もの |
元禄忠臣蔵・前篇 | 興亜映画・松竹 | 杉山公平 | 原健一郎・依田義賢 | 照明中島末治郎・国民映画 | |
1942年 | 元禄忠臣蔵・後篇 | ||||
1944年 | 団十郎三代 | 松竹京都 | 三木滋人 | 川口松太郎 | |
宮本武蔵 | 松竹京都 | 三木滋人 | 川口松太郎 | 原作は吉川英治でなく菊地寛 | |
1945年 | 名刀美女丸 | 松竹京都 | 三木滋人 | 川口松太郎 | |
必勝歌 | 松竹京都 | 国策映画 | |||
1946年 | 女性の勝利 | 松竹大船 | 生方敏夫 | 野田高梧・新藤兼人 | 照明加藤政雄 |
歌麿をめぐる五人の女 | 松竹京都 | 三木滋人 | 依田義賢 | 照明村田政雄 | |
1947年 | 女優須磨子の恋 | 松竹京都 | 三木滋人 | 依田義賢 | 照明寺田重雄・松井須磨子の伝記映画。東宝では衣笠貞之助・山田五十鈴のコンビで「女優」として同年製作 |
1948年 | 夜の女たち | 松竹京都 | 杉山公平 | 依田義賢 | 照明田中憲次 |
1949年 | わが恋は燃えぬ | 松竹京都 | 杉山公平 | 依田義賢・新藤兼人 | 照明寺田重雄・福田英子の伝記映画 |
1950年 | 雪夫人絵図 | 滝村プロ・新東宝 | 小原譲治 | 依田義賢・船橋和郎 | 照明藤林甲。早坂文雄と初めて組む。松竹での「西鶴一代女」の企画が流れる等、松竹と喧嘩、東京へ出て撮る |
1951年 | お遊さま | 大映京都 | 宮川一夫 | 依田義賢 | 照明岡本健一・谷崎潤一郎原作・親友川口松太郎が大映京都撮影所所長に就任したため、大映で一肌脱ぐ |
武蔵野夫人 | 東宝 | 玉井正夫 | 依田義賢 | 照明西川鶴三 | |
1952年 | 西鶴一代女 | 新東宝・児井プロ | 平野好美 | 依田義賢 | 照明藤林甲。助監督の内川清一郎と大喧嘩。ベネツィア映画祭銀獅子賞。 |
1953年 | 雨月物語 | 大映京都 | 宮川一夫 | 依田義賢・川口松太郎 | 照明岡本健一・美術伊藤憙朔(伊藤はこれと「山椒大夫」の二本を担当・助監督田中徳三。ベネツィア映画祭銀獅子賞。 |
祇園囃子 | 大映京都 | 宮川一夫 | 依田義賢 | 照明岡本健一 | |
1954年 | 山椒大夫 | 大映京都 | 宮川一夫 | 八尋不二・依田義賢 | 照明岡本健一・美術伊藤憙朔。ベネツィア映画祭銀獅子賞。 |
噂の女 | 大映京都 | 宮川一夫 | 依田義賢・成沢昌茂 | 照明岡本健一。 | |
近松物語 | 大映京都 | 宮川一夫 | 依田義賢 | 照明岡本健一 | |
1955年 | 楊貴妃 | 大映東京 | 杉山公平 | 陶秦・川口松太郎・依田義賢・成沢昌茂 | 照明久保田行一 |
新・平家物語 | 大映京都 | 宮川一夫 | 依田義賢・成沢昌茂・辻久一 | 照明岡本健一 | |
1956年 | 赤線地帯 | 大映東京 | 宮川一夫 | 成沢昌茂 | 照明伊藤幸夫・遺作 |
参考文献
「映画監督溝口健二」四方田犬彦編
「溝口健二集成」キネマ旬報社
「映画読本溝口健二」フィルムアート社
「溝口健二の人と芸術」依田義賢
「国際シンポジウム・溝口健二」蓮實重彦・山根貞男編
「溝口健二・全作品解説@」佐相勉
「はじめての溝口健二」
「ユリイカ・特集溝口健二」
「日本映画発達史@」田中純一郎