海難 1890


 1890年のエルトゥールル号遭難事件でトルコ人を助けた日本人と、1985年にトルコ航空機でイラン、テヘランの日本人を救出したトルコ人を描く映画
日本のシーンは実際の遭難現場近くに作られたオープン・セットを始め、大部分が和歌山県串本町で撮影された。


樫野崎灯台


 樫野崎灯台は明治3年に作られた日本最古の石造り灯台。
エルトゥールル号の乗組員が嵐の中で遭難直前に見たのはこの灯台の光。
台風で舵が壊れたエルトゥールル号は「船甲羅」と呼ばれる岩礁に乗り上げて、機関が爆発、大破沈没した。
なんとか岸に泳ぎ着いた水兵は崖をのぼって、灯台守に助けを求め、事故を知らせた。これが1890年9月16日21時頃の出来事。

 灯台のすぐそばには近代トルコ建国の父、初代大統領ケマル・アタチュルクの騎馬像がある。



船甲羅(ふなごうら)


 エルトゥールル号が乗り上げた岩礁。
古くから海難事故の多い難所として海の男たちに恐れられていた。



エルトゥールル号殉難将士慰霊碑


 昭和12年建立。遭難現場のそばにあって、5年に一度、町とトルコ大使館の主催する慰霊祭が開かれている。
映画では、地元の小学生が清掃奉仕作業をする姿が見られる。



トルコ記念館


 エルトゥールル号遭難事件に関するいろいろな資料が展示されている。
乗組員の遺品、村長の日記、医者の治療記録、生存者をトルコへ送り届けた”比叡”と”金剛”の乗組員の写真(この中に「坂の上の雲」の秋山真之もいる)。
 
 展示品の撮影は禁止されているが、記念館の眼下に遭難現場があり、写真のように、船影と岩礁を重ね合わせて見ることができる窓がある。

トルコ記念館の正面入口にある「日本・トルコ友好エンブレム」
この映画の仮題は〈東の太陽、西の月〉だった



日米修好記念館


 ペリー提督が1853年に「黒船」でやって来たというのはあまりにも有名。
ところが、それより62年も早い1791年に、アメリカのレイディ・ワシントン号が日本に来たことはあまり知られていない。
これを記念して「日米修好記念館」が建てられている。

 そこから100m離れたところに、景勝「海金剛」を見渡せる展望台がある。



海金剛


 「21世紀に残したい日本の自然百選」に選ばれている。
田村元貞医師(内野聖陽)とムスタファ海軍大尉(ケナン・エジェ)がここをバックに話すシーンがある。


行き方 上記はすべて和歌山県串本町の大島にある。昔、串本節に「♪ここは串本 向かいは大島 中をとりもつ巡航船・・・」と歌われた大島は
     今は「大島大橋」で本土と結ばれて便利になった。
     
     観光する場合、トルコ記念館、船甲羅、樫野崎灯台がひとつのまとまったエリア。
    日米修好記念館、海金剛はそこから少し離れたもうひとつのエリア。

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